IMSS

物構研の教育活動 放射光を「実感」する大学院生向け実習

物構研トピックス
2017年10月20日

物構研は、フォトンファクトリー(PF)やJ-PARC物質・生命科学実験施設(MLF)といった大型の量子ビーム施設を抱える研究所です。最先端の量子ビームを使いこなす次世代の人材を育てるために、研究者の卵である大学院生を対象に、大学のキャンパスでは体験できない実習の取り組みを紹介します。

放射光を大学教育に

PFでは、放射光科学の普及や人材育成のために、放射光を大学教育に活用していただくことを積極的に支援しています。そのひとつとして、東京工業大学理工学研究科化学専攻(現・理学院化学系)との間に締結された教育に関する協定があります。この協定では、BL-20Aを大学等運営ステーションとして化学専攻に運営を委託し、化学専攻としての重点分野を教育するための実験ステーションと位置付けています。

東京工業大学の河内宣之教授は、2009年にBL-20Aを運営し始めた頃から、大学院生のための実習について検討していました。PFの初期の頃からのユーザーでもある河内教授は、放射光が安定な光を供給するようになっていくにつれて、実験には使いやすくなっている一方で、ユーザーが次第に光源加速器の存在を忘れがちになっていると感じていました。

光源加速器を実感する実習を

「単に放射光を使うというだけではなく、光源加速器を意識した実習ができないだろうか」そうして考えられたのが、化学系の学生には比較的馴染み深い蛍光強度の時間分解測定を、放射光パルスと同期する実験でした。光源加速器の中では、電子は「電子バンチ」と呼ばれる塊で回っていて、PFではその繰り返し周期は2ナノ秒なので、放射光は2ナノ秒ごとに光る「ストロボ」の光となります。この光を使い、水素原子の励起状態から発生するライマン系列の蛍光寿命を測定することにしました。

ストロボの放射光で生成する水素の励起状態の寿命は1.6ナノ秒なので、繰り返し周期2ナノ秒のうちに蛍光強度がかなり減衰することが期待できます。光源加速器の繰り返し周期の信号を受け取り、蛍光強度の測定と同期して測定することにより、自然と発生する光の性質を実感し、光源加速器の原理を理解するようになるのが狙いです。

jisshu_no0.jpg
BL-20Aで、ホワイトボードを使って実験の説明。下の方には、光源加速器の図や、加速の原理を示した図が見える。

実習は、化学系の大学院修士課程1年生を対象に、1泊2日でKEKつくばキャンパスに滞在し、2日間をフルに使ったプログラムが組まれています。初日の午前中にはBL-20AのPF側担当者である足立純一研究機関講師から放射光の基礎知識を学び、午後はBL-20Aで実験。2日目は朝からデータの解析を行った後に、施設見学を行なって実習が終わります。

放射光実験がメインの実習のため、1回に受け入れる学生数は5?6名程度に限られるので、東工大ではこの実習を年に数回行っています。例えば昨年度は11月から12月にかけて5回実施し、合計で25名の学生が受講しました。これは化学系の修士課程1年生の半数近い数で、学生の関心の高さを示しています。受講した学生のレポートには、「放射光利用において、加速器が重要な役割を果たしていることがよく理解できた」「自分も放射光を用いた研究をやってみたくなった」などの感想が寄せられています。

東工大教育賞優秀賞を受賞

河内教授ら実習担当の東工大スタッフには、平成27年度東工大教育賞優秀賞が授与されました。対象となった業績は「学外の放射光施設を用いる新しいタイプの大学院実習プログラムの構築」です。河内教授は「放射光を使いこなせる人材を養成するためには、蛇口をひねれば出てくる水を使うような実習ではなく、ユーザーには見えない光源加速器の存在を意識した実習を、というコンセプトでこの実習を運営してきました」と語りました。

「足立研究機関講師をはじめ、放射光パルスの時間構造データの提供は加速器研究施設の高井良太准教授に、施設見学はPFの兵藤一行准教授に対応していただいており、その他にも多くのKEK職員のご協力で、放射光科学と加速器科学を融合したプログラムが実現でき、それが評価されたと思っています」

2011年から続いているこの実習の受講学生の累積数は、今年度中に100名を超える見込みです。受講した学生から、将来の放射光科学と加速器科学を担う人材が生まれることを期待しています。

jisshu_no0.jpg
東工大教育賞優秀賞を受賞した、(左から)穂坂綱一助教、河内宣之教授、北島昌史准教授。

◆ 関連記事

◆ 関連サイト