物質・材料研究機構(NIMS) 山崎 裕一 主任研究員と物構研の中尾 裕則 准教授、理化学研究所(理研)のVictor Ukleev特別研究員(現:スイス ポール・シェラー研究所)らが中心となって、東京大学 工学系研究科や 理研 創発物性科学研究センターなどと共同で進めている研究をご紹介します。
この研究が始まったのは7年前。物構研からは、他に本田 孝志 助教や 村上 洋一 教授が参加しています。山崎氏は2014年までフォトンファクトリー(PF)のスタッフでした。
物質が磁力を持つか持たないかは、原子が持つ磁場の源「磁気モーメント」が、打ち消しあうかどうかで決まります。磁気モーメントが同じ方向に揃うか、逆方向に向いて打ち消しあうかは、隣り合った原子間の相互作用によります。
カイラリティ*を持つ結晶では、空間のある1点で反転させようとしても重ね合わせることができないこと(空間反転対称の破れ)により、磁気モーメントの方向をねじろうとする作用が働くことがあります。これを「ジャロシンスキー・守谷 相互作用」と呼びます。強磁性になろうとする相互作用と競合すると、磁気モーメントが回転した「らせん磁性体」になることもあります。
*カイラリティ(キラリティ):ある立体構造とその鏡像が、空間上の回転によって重ね合わせることができないこと。左手と右手の関係という意味で「対掌性」ともいう。 カイラリティを持つ結晶構造のことを「カイラル(キラル)な結晶構造」と呼ぶ。
らせん磁性体に磁場を加えると磁気モーメントが円錐状に回転する「コニカル磁性体」になり、さらに強い磁場を加えると磁気モーメントが同じ方向に揃った強磁性体になります。しかし、らせん磁性体をある温度に冷やして、磁場を加えると磁気モーメントが渦を巻いたような特殊な磁気構造が現れることがあります。
2009年、ドイツの研究グループが中性子小角散乱*によって磁気スキルミオンを初めて観測しました。カイラルな結晶構造を持つマンガンケイ化物(MnSi)において、ある温度と磁場の条件下で六角形の磁気散乱を観測し、磁気スキルミオンの三角格子*を形成している可能性を報告したのです。
翌2010年には、日本の研究グループ(理研・NIMS・日本電子)がローレンツ電子顕微鏡法*によって磁気スキルミオン格子を直接的に観測することに成功しました。
*中性子小角散乱:中性子線を試料に当て、入射に対しおおむね5°以下の角度で散乱する中性子線を検出して情報を得る分析手法。
*三角格子:周期的に並んだ仕切りが作る図形が三角形の格子。碁盤の目は四角格子。
*ローレンツ電子顕微鏡法:透過型電子顕微鏡(TEM)を用い、試料の内部磁化と入射電子線の相互作用により生じるローレンツ力を使って、強磁性体の自発磁化を観察する手法。
磁気スキルミオンは、磁気構造の特徴から安定な構造であることが知られていて、結晶に電流を流すと、磁気スキルミオンが壊れずに結晶内を流れることが実験的に報告されています。電場や電流によって制御でき、その有無によって1と0を表現することができるので、磁気スキルミオンを情報媒体とする次世代のエレクトロニクスデバイスへの応用が期待されています。