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「磁気スキルミオン」を 放射光で見る (2) 世界初の測定手法とクマさんの鍵穴

物構研ハイライト
2018年6月13日
>>「磁気スキルミオン」を 放射光で見る(1)
磁気スキルミオンとは

◆ゼロからの装置開発

デバイス応用への道筋をつけるためには、電流や電場を加えたときの磁気スキルミオンの挙動を、高い空間分解能でしかも時間分解能よく観測しなければなりません。実際にデバイスが動いている状態での観測が重要となるので、デバイスに使われる微小な試料でも磁気スキルミオンを観測できる測定手法が必要となります。

研究グループは、放射光のパルス性や高輝度などの特性を活用することでそのような測定ができると考え、2011年にフォトンファクトリー(PF) BL-16Aにおいて、磁気スキルミオン観測のための 透過型共鳴軟X線小角散乱装置*の開発に着手しました。2004年にはドイツの研究グループが類似の手法を使った薄膜の磁気構造の観測を報告していましたが、磁気スキルミオンは、さらに「温度変化」させ、「磁場」をかけられる装置でなければ測定できません。世界初への挑戦でした。

*透過型共鳴軟X線小角散乱装置(PF BL-16A):薄片化した試料に軟X線を照射し、透過し散乱された軟X線を2次元検出器で計測する。 2次元検出器、試料などは高真空チャンバ―内に設置されている。 チャンバーの外側にはヘルムホルツコイル(磁場をかけるための電磁石)が搭載されている。

◆薄膜試料をどう切り出すか

透過型共鳴軟X線散乱の測定には、軟X線が透過できる数百nm程度の非常に薄い試料を使います。

磁気スキルミオンは、バルク試料から切り出した薄片でなければ発現しないので、試料調製法も合わせて開発する必要がありました。イオンミリング法*によって薄片化する方法や、集束イオンビーム装置(FIB)*による試料調製など様々な手法で、薄い試料を作っては測定することを繰り返しました。非常に薄い試料なので壊れやすく、試料を準備するときの取り扱いにも細心の注意を払いつつ作業を続けました。

試行錯誤の末、金の薄片にピンホールを加工し、その上にFIBで薄片化した試料を固定する方法が良いということがわかり、測定可能な試料を作製することができました。震災の影響もありましたが、装置の開発を始めてから測定できるまでに4年近くの歳月を要しました。

*イオンミリング法:アルゴンイオンビームを試料に照射し、表面を削ることで試料を薄片化する方法。
*集束イオンビーム装置(FIB):細く絞ったガリウムなどのイオンビームを試料表面で走査し、観察しながら加工する装置。電子顕微鏡の試料作製に用いられる。

◆いよいよ観測へ・・・と、その前に

この実験では、軟X線を切り出すためにクマの形をした数マイクロメートル程度のピンホールを準備し、その上に試料を固定しました。

BL-16Aで発生する軟X線は数百µm角に集光されていますが、全体的に見ると軟X線の波面は揃っていません。ところが、直径5 µm以下のピンホールを挟むと、コヒーレントな*軟X線を取り出すことができます。

試料にはクマ型に切り出された軟X線が照射されます。

*コヒーレントな:波の性質を表す言葉で、位相や振幅、波面が揃っていて、互いに干渉しあうことができる様子。

ピンホールのクマの形(耳のサイズが左右で異なることに着目!)

◆鉄-ゲルマニウム(FeGe)を測定

装置にカイラルな結晶構造を持つ磁性体 FeGeを入れ、透過型共鳴軟X線小角散乱による磁気スキルミオンの観測を試みました。下図は透過型の磁気回折像です。

FeのL3吸収端(707 eV)で観測した回折像
中心付近に見えるのは放射光の直射を遮るためのストッパーの影
(a)磁場なし→輝点2つ
(b)磁場あり→輝点6つ

(a)磁場がないときはらせん磁性体に由来する2つの磁気散乱が観測されていて、(b)磁場をかけると磁気スキルミオンの三角格子を反映した6つの磁気散乱が観測されていることが分かります。放射光で磁気スキルミオンが見えました!

◆クマさんが鍵

コヒーレントな軟X線を使うと観測された回折図形から解析によって実空間像を再構成することができます。この解析手法は「位相回復アルゴリズム」と呼ばれるもので、拘束条件を課しながらフーリエ変換*と逆フーリエ変換を繰り返します。フーリエ変換したあとの拘束条件は実験で観測した回折図形を、逆フーリエ変換したあとの拘束条件は試料の前においたピンホール形状の情報を使います。このピンホールの形状を、単純な円ではなく面内で対称でない形にすると解析精度が向上することが分かっています。これが非対称クマ型が採用された理由です。

*フーリエ変換:周波数の関数と、位置や時間の関数間の変換手法。 ここでは、磁気散乱の情報を、位置の関数(実空間像)から周波数の関数(回折図形)へと変換している。

計測によって得られた回折図形から再構成した磁気構造の実空間像が下の図です。白と黒はそれぞれ磁気モーメントが紙面に対して手前に向いているか、奥に向いているかを表しています。(c)にみられる縞々の模様がらせん磁性体の状態を示し、(d)の白の粒々が磁気スキルミオンに対応しています。この測定では、70 nmの磁気スキルミオンを数十nmの空間分解能で観測することができました。

解析後の実空間像
(d)の部分拡大図

今後は、放射光の短パルス特性を生かしたイメージングにより、電流や電場などを加えて磁気スキルミオンが動いている様子を観測することが目標です。

詳しい研究情報PHOTON FACTORY NEWS Vol.36 No.1 May 2018 「共鳴軟X線小角散乱による磁気スキルミオンの観測」

論文情報:“Coherent Resonant Soft X-ray Scattering Study of Magnetic Textures in FeGe; カイラル磁性体FeGeにおけるコヒーレント共鳴軟X線回折イメージング” Quantum Beam Science, 2 (2018) 3. Victor Ukleev, Yuichi Yamasaki, Daisuke Morikawa, Naoya Kanazawa, Yoshihiro Okamura, Hironori Nakao, Yoshinori Tokura and Taka-hisa Arima

関連ページフォトンファクトリー BL-16A 可変偏光軟X線分光ステーション