つくば市で日本放射光学会年会・放射光科学合同シンポジウムが開催され、その初日1月8日(祝)に会場の一角で、市民に開かれた講座が開催されました。 この市民公開講座は、KEK 物構研の研究者 宇佐美 徳子(うさみ のりこ)講師と 酒巻 真粧子(さかまき まさこ)助教らによって企画されたもので、 放射光科学の分野で活躍する女性研究者6人を招き、講演2件とパネルディスカッションが行われました。
初めに、名古屋大学 物質科学国際研究センターの唯 美津木(ただ みづき)教授が、「放射光で見えた!触媒~未来を拓く働き者」と題して講演しました。
触媒は物質変換・エネルギー変換の鍵であり、例えば自動車の排ガス浄化にも、燃料電池の仕組みである、水から水素を作る反応にも、水素からエネルギーを取り出す反応にも触媒が活躍しています。
唯さんは、燃料電池を動かす触媒に使われる白金の働きを観察するのに放射光を使っています。
燃料電池を作動させながら測定する手法を開発し、開発上の大きな課題である触媒の劣化の様子が、世界で初めて捉えられたそうです。
唯さんは講演の最後に、この先50年で温暖化対策・自然災害対策・再生可能エネルギーの普及が進んでいることを願う、と自身の研究を未来につなげる展望を話して締めくくりました。
続いて、理化学研究所 放射光科学総合研究センターの南後 恵理子(なんご えりこ)研究員が、自らが率いたタンパク質の動きを捉えるプロジェクトについて講演しました。
SPring-8 の隣にあるX線自由電子レーザー施設 SACLA では、フェムト秒(1000兆分の1秒)という非常に短い間だけ光るX線を発生することができます。
この一瞬の光は非常に強いためタンパク質分子は壊れてしまいますが、出てくる散乱X線は壊れる前の構造情報を持っています。
この実験を連続的に行う「時分割シリアルフェムト秒結晶解析(SFX)」法を開発し、光に反応するバクテリオロドプシンというタンパク質が水素イオンを運ぶ様子を、
世界で初めて原子レベルで観察することができました。
将来は、色々なタンパク質の動きがわかるようになることを目指し、結晶を作らなくても構造情報を得られる可能性についても話していました。
後半は、放射光を用いてそれぞれ異なる対象を研究するパネリスト4名が加わりました。
横浜国立大学の癸生川 陽子(けぶかわ ようこ)准教授の研究対象は隕石で、 KEKのフォトンファクトリーなどで走査型透過X線顕微鏡(STXM)を使い、隕石に含まれる非生物的な有機物の分子構造を調べています。 現在参加している「たんぽぽ計画」でも、国際宇宙ステーションで捉えた宇宙塵(うちゅうじん)の放射光での分析を目指しています。 どんな有機物がどのように分布しているかを観察することで、 宇宙での有機物の進化過程を調べている、と話しました。
物質・材料研究機構の永村 直佳(ながむら なおか)研究員は、これまでにSTMや放射光軟X線光電子顕微鏡の開発など、ミクロのイメージングに携わってきました。 最近の電子部品や電池材料には原子数個程度の厚みしかないものがあり、材料丸ごとの性質よりも、薄い表面や界面など、ヘリやキワの性質がとても効いてくるそうです。 そのような部分を観察するための、深さ方向(3次元)の分析ができる光電子顕微鏡の開発について紹介しました。
東京電機大学の保倉 明子(ほくら あきこ)教授は、有害な重金属を蓄積する植物に着目し、放射光を用いたX線分光法などでその蓄積のしくみを調べています。 放射光は非破壊分析が可能なため、生きた植物内での重金属の移行を追跡することができます。 また、元素の種類だけでなく、その元素の化学状態まで区別して観察することができます。 環境浄化だけでなく、植物を使って有用な金属を回収する元素リサイクルにも目を向けています。
今回のパネリストの中で唯一の企業内研究者である新日鐵住金株式会社の村尾 玲子(むらお れいこ)主任研究員は、 橋などの大きな構造物に用いられる鉄鋼材料を「ナノメートルで制御してキロメートルで作り込む」ための材料解析、反応解析に放射光を利用しています。 高炉で鉄鉱石(酸化鉄)を還元して鉄を作る過程は、1200℃超の固体・液体・気体が混じった複雑な反応で、 放射光を用いたさまざまな手法を組み合わせて、原子レベルでの反応過程を解明しようと励んでいます。
パネルディスカッションでは、会場から「研究職を希望していますが、大学や研究所など、所属機関によってどんな違いがありますか?」「娘に勧められる職業でしょうか?」などの質問が寄せられ、 パネリストたちは、「大学にいると研究室の学生が成長する様子を見る楽しみがある」、 「加速器の実験は昼夜問わず実験をするのでキツいイメージがある反面、時間に自由度があるので育児との両立もしやすいのではないか」など、 それぞれの立場や経験から丁寧に答えていました。
関連情報:日本放射光学会 市民公開講座 特設ページ