物構研 ミュオン科学研究系の中村 惇平氏が、平成29年度KEK技術賞を受賞しました。
この賞は、機構内の技術者を対象として平成12年に発足し、技術の創造性、具体化、研究への貢献、技術伝承の努力などについて審査、授与されるものです。今年度は特に技術の取り組みへの創造性に優れているとし、2名の技術職員が表彰されました。昨年12月26日に表彰式が行われ、受賞者による講演は、1月16日 KEK技術職員シンポジウムの最初のプログラムとして行われました。
今回、受賞対象となった中村氏の課題名は「超低速ミュオン発生を実現させたコヒーレントライマンα光の輸送と強度測定技術」です。
ミュオンは、最も身近な宇宙線として知られていますが、物質・生命科学実験施設(MLF)では加速器を用いて人工的に作ったミュオンを使って実験を行っています。陽子シンクロトロンから打ち出された陽子ビームが黒鉛標的にあたり、低速(表面)ミュオンが生成されます。その後、4本のビームラインのひとつUラインでは、低速ミュオンがミュオニウム生成標的であるタングステン標的に打ち込まれ、表面で電子を獲得することでミュオニウムとなります。さらに、超高真空中に漂い出てきたミュオニウムを2種類のコヒーレント光で共鳴イオン化することにより、超低速ミュオンが生成されます。その際、共鳴イオン化に使用される真空紫外光がライマンα光です。
超低速ミュオンを安定的に生成するには、このライマンα光の輸送と強度測定を改善することが必要となります。従来では、コヒーレント光の柔軟なステアリングができず、重なりが不十分である、基本波がバックグラウンド光となり、ライマンα光の絶対強度が評価できない、という問題点がありました。
中村氏は、ライマンα光の輸送のために、真空・光学・駆動機構の設計をし、内部にライマンα光を分離する空間を確保し、超高真空で駆動するミラーを搭載した真空チェンバーを製作しました。それは、位置制御に最適なだけでなく、バックグラウンド光が除去されることで、フォトダイオードでの絶対強度測定が実現しました。さらに、ライマンα光強度測定デバイスの開発では、ライマンα光を目視で発生確認するための蛍光板を設置。一酸化窒素(NO)ガスセルとシリコンフォトダイオード(Si-PD)を組み合わせることで、長時間モニターと絶対値測定を可能にしました。
強度測定の信頼性が向上したことで、新たな問題発見と改良も行われています。例えば、ライマンα光を長時間かつ安定的に発生させるためには、ガスセル内部でのアルゴン(Ar)とクリプトン(Kr)の混合比が重要となりますが、ガス混合器を導入することで、最適化された混合比でガスが供給できるようになりました。
これらの技術開発により、超低速ミュオンの安定的な生成が実現し、超低速ミュオン収量のライマンα光波長依存性が初めて得られるなど、様々な測定結果へと繋がりました。
自己紹介で「先祖は鎌倉の宮大工」と話した中村氏には、精密な技術を鍛錬し続ける職人の血が脈々と受け継がれているようです。一児の父として、ワークライフバランスの実現を目指す若き技術者は、「今後もさまざまなトラブルをひとつひとつ解決していきたい。例えば、測定技術が安定してきたことで他の要因による影響にも対策する必要性が見えてきた。Uラインが目指すビーム強度の増強に技術貢献したい。」と締めくくりました。