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周期表から考える いまどきの錬金術

物構研ハイライト
2019年11月 6日

KEK一般公開2019講演 「周期表150周年 ~レアメタルってココがすごい!~」
(講演者:物構研 放射光科学研究系 准教授 小野 寛太)より

メンデレーエフの「?」

今年はメンデレーエフ(ロシア、1834 ~ 1907)が周期律を発見してから150年にあたります。それ以前にも元素の表を考えた人はいましたが、メンデレーエフの周期表が普及したのはなぜでしょう?
多くの科学者は当時見つかっていた63の元素だけでルールを見つけようとしていました。しかし、メンデレーエフはまだ見つかっていないものがあると考え、空欄「?」を残したのです。周期表の発表時、アルミニウムAl=27の隣に原子量68の元素が存在すると述べ、その密度や融点をも予言しました。1875年に ?=68に相当するガリウムGaが発見されて、メンデレーエフの読みは当たりました。周期表は元素を分類するだけでなく元素の位置によってその性質を予測できるものだということが示されたのです。
メンデレーエフの周期表は現代の物質科学にも受け継がれています。研究者たちは新しい機能を発現したいというときに「ここにある物質はこういう性質だから」と日々周期表を見て考えているのです。

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Mendeleev%27s_1869_periodic_table.png
メンデレーエフが1869年に発表した周期表
現在普及している周期表とは並ぶ向きが異なる
(?=68 は中央付近にあります)

普段目にしない元素はどこにある?

地球に最も多く存在する元素は鉄Feと言われていますが、そのほとんどは地球の深部にあります。人の手が届く地殻にある元素は、重量の多い順に
酸素O,ケイ素Si,アルミニウムAl,鉄Fe,カルシウムCa,ナトリウムNa,カリウムK,マグネシウムMg,…
で上位10元素だけで全体の99%を占めます。つまりそれ以外の元素は地上に多くは存在しないのです。

スマートフォンを細かくすり潰して構成元素を調べたという論文があります。結果は70元素だったそうです。現在の周期表には118の元素があり、そのうち安定に存在する元素は約80種ありますが、そのほとんどが使われているということ。スマホは元素の宝庫と言えます。とはいっても、電話はもともと小さいので材料の量としては大したことがないと思われるかもしれませんね。では自動車はどうかというと、例えばハイブリッド車でもおよそ70種の元素が使われています。

スマートフォンに使われている元素の例
毒性があるため問題視される鉛Pbは使われていないのが分かる

レアメタルってココがすごい!

携帯電話に欠かせないスピーカーの構成元素を見ると、多い順に、 鉄Fe,ニッケルNi,ホウ素B,ネオジムNdプラセオジムPrジスプロシウムDy,…と続きます。太字で書かれた元素はレア(希少な)メタル(金属)と呼ばれる元素です。

スピーカーには磁石が使われています。レアメタルのうち、希土類と呼ばれる元素を使った磁石は普通の黒い磁石(フェライト磁石)に比べて強力です。例えば小さくて強いネオジム磁石も、希土類磁石のひとつです。スマホは本体をなるべく小さく薄くしたいので、同じ出力を得られてより小さいレアメタル磁石が使われているようです。スマホの場合、バッテリー・基板・スピーカー・スクリーンのあらゆる部分でレアメタルが使われていることが分かりました。
電気自動車でも磁力が強い方がパワーが出せるので、やはりレアメタルの磁石が使われます。その他、レアメタルが使われる場面はバッテリー・LED・発電機・モーター・太陽光発電などたくさんあり、製品の省エネ化や環境保全に貢献しています。どのくらいすごいかと言えば、ネオジム磁石を使ったエアコンは従来品に比べ30%も効率がアップしていて、家電屋さんの言う「エアコンの電気代を考えたら、買い替えた方がお得ですよ。」というセリフは正しいということになります。エネルギー消費量は削減され、CO2排出量削減にも効果があって、レアメタルは地球温暖化を避けるためにちょっと使う、スパイスのようなものと言えるでしょう。希土類磁石に替えると省エネ化が図られる、LEDは消費電力が少なく長持ちするなど、特に東日本大震災以降は、レアメタル製品が欠かせないアイテムとなっています。一度レアメタルを使ってしまうと後戻りはなかなかできませんね。

希土類は現在の周期表の左から3番目の列に並んでいます

ところが、ハッピーなだけではないんです!

レアメタルには厳密な定義があるわけではなく、一般に入手が難しい金属を指します。埋蔵量は多くても採取が難しいものや、採取できても(例えば鉄FeとチタンTiの合金のように)金属原子レベルで分離するのが難しいものなども含まれます。
日本には金属資源はほとんどありません。レアメタルだけでなくすべての金属を輸入に頼っています。しかし日本のレアメタル消費量は世界でもトップクラス。今の計画通り電気自動車化を続けると、2050年にはなんと世界の埋蔵量を超えてしまう、との予測もあります。
それだけではありません。希土類鉱山では安く作るために山全体に硫酸をかけ溶け出してくる元素を抽出するなどの環境破壊が行われた例もあります。またレアメタルが特定の国や地域に偏在するために武装資金源となり、人権侵害や暴力行為によって得られた金属が世界中に出回っていると言われています。そのため、紛争に関連する鉱物は使わないようにしようという動き*も広がっています。

*アフリカ諸国などの紛争地域で採掘された鉱物資源のことを紛争鉱物(conflict minerals)という。米国では使用を禁じる法規制が行われ、対象の鉱物資源はスズSn,タンタルTa,タングステンW,金Auの4物質(3TG)となっている。

日本の都市は「都市鉱山」と言われます。上手にリサイクルすれば日本は世界有数のレアメタル産出国になるのです。すでに携帯電話等をリサイクルしてオリンピックのメダルにするなどの取り組みが行われています。
リサイクルを進める一方で、レアメタルを使わずに今の便利さを保つにはどうしたらいいでしょうか。錬金術でしょうか? 賢者の石*を探すことでしょうか?

*賢者の石:「錬金術」で至高の物質とされる。鉛PbやスズSnを金に変えたり、不老不死の薬になるとも。ファンタジーやゲームなどでもおなじみですね。

レアメタルをありふれた元素で置き換えよう

ここ10年日本では、希土類ジスプロシウムDyの代替金属の探求が盛んにおこなわれています。このレアメタルは、クリーンエネルギー推進のために最も重要かつ希少で、なおかつ置き換えが最も難しいとされているからです。
ネオジム磁石の唯一の欠点は、温度が上がると磁力を失うことでした。本当はジスプロシウムそのものは磁石としては有用ではないのですが、熱に強く、高温になる場所で使うネオジム磁石に添加すると有効なことが知られていました。それで電気自動車や電車などのモーターによく使われています。電気自動車用のモーター1個当たりに、従来は、ネオジムNd 200 g,ジスプロシウムDy 30 gが使われていました。いま日本ではモーターで動く自動車の出庫台数は年間百万台を超えています。ジスプロシウムをできるだけ使わない磁石の開発が求められました*。
KEKでは元素の果たす役割を理解するためフォトンファクトリー(PF)やJ-PARC MLFの加速器を使って物質の機能を詳しく調べています。この新しい磁石の開発にもKEKの加速器が役立ちました。

*この研究が始まったころ、ジスプロシウムの価格は高騰していました。希少資源が使われるだけで車の値段が上がることが想像できますね。

・レアメタルの使用量を減らす
ジスプロシウム拡散磁石の元素ごとの観察

磁石の中の元素それぞれの役割を調べるには、元素ごとに分けて見ることができる顕微鏡が必要になります。PFの放射光を光源とするコンパクトなX線顕微鏡を作り、自動車会社などと協力して新開発の磁石を詳しく観察しました。左の4枚の図はすべて磁石の同じ部分を写しています。図の左側では迷路のような模様が見えますが、迷路の幅が比較的広い部分が高性能な強い磁石であることが分かっています。その部分のイメージを見比べると、ジスプロシウムは部分的に存在し、迷路の幅が広い部分に対応していること、ネオジムは全体的に存在することが分かりました。それまでネオジムの30%の量を全体に均一に入れていたところを、3%に減らし局在させた「ジスプロシウム拡散磁石」の高性能化のメカニズムがこの観察によって明らかになりました(論文1)。ジスプロシウム拡散磁石はハイブリッド自動車や電気自動車のモーターに使われています。

・レアメタルの使用をなくす

次に研究者が目指していたのはジスプロシウムを全く使わない磁石です。それまでは数μmだったネオジムの結晶サイズを数100 nm台まで小さくすることで、ジスプロシウムを使用せずに実用に耐える磁石が開発され、2018年から自動車用モーターの材料として使われています。中性子を用いた観察によりこの磁石の高性能化の要因を明らかにしました(論文2)。

このような研究では物質の状態を調べるために強力なX線(放射光)や中性子線などを照射し元素ごとの吸収量や磁気イメージなどを調べていますが、実験データの解析には知見の積み重ねと解析者の熟練が必要でした。近年では機械学習を取り入れ、材料開発の自動化・高速化を図っています(論文3)。
材料を取り巻く情勢は刻々と変化しています。レアメタルを極力使わない電池の開発など、社会に必要とされる材料を効率的に開発するための方法論も含め、研究を進めていきます。

論文情報

  1. “Element-Specific Magnetic Domain Imaging of (Nd, Dy)-Fe-B Sintered Magnets Using Scanning Transmission X-Ray Microscopy” K. Ono, T. Araki, M. Yano, N. Miyamoto, T. Shoji, A. Kato, A. Manabe, H. Nozaki, Y. Kaneko, J. Raabe, IEEE Transactions on Magnetics 47, 2672 (2011).
  2. “Magnetic Reversal Observation in Nano-Crystalline Nd-Fe-B Magnet by SANS” M. Yano, K. Ono, A. Manabe, N. Miyamoto, T. Shoji, A. Kato, Y. Kaneko, M. Harada, H. Nozaki, J. Kohlbrecher, IEEE Transactions on Magnetics 48, 2804 (2012).
  3. “Automated estimation of materials parameter from X-ray absorption and electron energy-loss spectra with similarity measures" Y. Suzuki, H. Hino, M. Kotsugi, K. Ono, npj Computational Materials Vol.5 No.39 (2019).


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