亜鉛は私たちの身体にとって必須なミネラルの一つで、不足すると味覚障害などが起こることが知られています。 これまで、亜鉛は様々なタンパク質の立体構造を安定させる役割や、酵素タンパク質の中で種々な化学反応を触媒する役割があることが分かっていて、哺乳動物では細胞内のシグナル伝達分子として機能していることも知られています。
このたび、東北大学 多元物質科学研究所の渡部 聡 助教、天貝 佑太 助教、稲葉 謙次 教授(生命科学研究科、大学院理学研究科化学専攻 兼任)を中心とする日伊の共同研究グループは、亜鉛イオンが細胞内での正常なタンパク質の品質管理に関わることと、その分子機構を初めて明らかにしました。
亜鉛は、細胞膜上に存在する 亜鉛トランスポーター*によって細胞内に、さらに ZnT ファミリーの亜鉛トランスポーターによってゴルジ体などの細胞の分泌経路中に取り込まれます。しかし、分泌経路に取り込まれた亜鉛の生理的な役割についてはよく分かっていませんでした。
一方、細胞の分泌経路では、合成されたタンパク質の正常な品質を管理する仕組みが備わっています。
この品質管理機構において、 ERp44 というシャペロンタンパク質*は、未成熟な抗体分子などの分泌タンパク質(基質タンパク質)をゴルジ体で捕獲し、小胞体へと戻し、成熟化を促進させる役割を担います。
一部の小胞体局在タンパク質も ERp44 によってゴルジ体から小胞体へと逆輸送されます。
*亜鉛トランスポーター:生体膜を貫通し、膜を横切って亜鉛イオンの輸送を行う膜内在性のタンパク質。
*シャペロンタンパク質:他のタンパク質の立体構造形成を補助するタンパク質群の総称で、折れ畳み途中のタンパク質の凝集を防いだり、細胞内の適切な区画への運搬を手伝う。
そこで、細胞中の亜鉛を枯渇させたり、亜鉛トランスポーターの発現を抑制したりして、細胞中での ERp44 の動態と亜鉛との関係を調べたところ、 ERp44 が細胞中で正常に機能するためには、ZnT ファミリーによって亜鉛がゴルジ体中に取り込まれることが必要であることが分かりました。
さらに亜鉛と ERp44 との結合様式を明らかにするために、亜鉛結合型 ERp44の立体構造を SPring-8 およびフォトンファクトリーを用いた X 線結晶構造解析により 2.45Å の分解能で調べました。
今回フォトンファクトリーで用いられたのは構造生物学研究センターが運用する BL-1A ビームラインです。
構造解析の結果、亜鉛は ERp44 中のHis クラスターに結合することが明らかになり、亜鉛結合型 ERp44 では、基質タンパク質に対する親和性が著しく上昇することが分かりました。一方、基質がない状態では、亜鉛が His クラスターとは異なる別の部位にも結合することで、ERp44 が二量体を形成することも分かりました。以上の結果から、細胞内の亜鉛濃度によって ERp44 と基質タンパク質との結合解離が制御されるという全く新しいタンパク質品質管理機構のモデルが導かれました。
今回の発見によって、必須金属である亜鉛の新しい生理的機能が明らかになり、亜鉛不足によって細胞のタンパク質品質管理に障害が生じることが分かりました。亜鉛が不足すると、味覚障害をはじめとして、免疫力低下、皮膚炎、成長の遅れなど様々な症状が引き起こされることが知られていますが、発症メカニズムについては不明な点が多く残されています。今回の成果は、これら疾病の発症メカニズム解明に向けた基盤の一つになることが期待されます。
論文情報:
Satoshi Watanabe#, Yuta Amagai#, Sara Sannino#, Tiziana Tempio, Tiziana Anelli, Manami Harayama, Shoji Masui, Ilaria Sorrentino, Momo Yamada, Roberto Sitia*, and Kenji Inaba*(#:共筆頭著者, *共責任著者)
Zinc regulates ERp44-dependent protein quality control in the early secretory pathway
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Nature communications,2019.2.5(web)
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