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フォトンファクトリーの技術職員 丹羽 尉博さんと小山 篤さんが文部科学大臣表彰 研究支援賞を受賞

物構研ハイライト
2021年4月 8日

物構研 放射光実験施設(フォトンファクトリー)の丹羽 尉博(にわ やすひろ)技師と、小山 篤(こやま あつし)シニアフェローが、令和3年度 科学技術分野の文部科学大臣表彰 研究支援賞を受賞しました。研究支援賞とは、科学技術の発展や研究開発の成果創出に向けて、高度で専門的な技術的貢献を通じて研究開発の推進に寄与する活動を行い、顕著な功績があったと認められる個人又はグループに贈られる賞です。2名は長年にわたりフォトンファクトリーにおける研究開発を支援してきたKEKの技術職員であり、「放射光ビームライン高度化による触媒反応実験の実現への貢献」が認められ受賞となりました。

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左から丹羽 尉博 技師、小山 篤 シニアフェロー
PF BL-9C 実験ハッチ内のガス配管とともに 2021年4月撮影

触媒研究とX線吸収分光XAFSビームライン

放射光による物質の分析方法には、X線回折、X線吸収分光(X-ray Absorption Fine Structure:XAFS, ザフス)、イメージングなどがありますが、反応の進行に伴い固体から液体など物質の相が変わるようなサンプルのその場(in situ)観察にはXAFS法が適しています。その場観察は材料などの機能発現機構の解明に有効な手法で、これまでにも自動車排ガス浄化触媒など固体触媒の動作環境下での観察や、鉄の酸化還元反応の観察などが実施されてきました。

フォトンファクトリー(PF)には現在47(フォトンファクトリー・アドバンストリングPF-ARも含む)のビームラインがありますが、これらはいっぺんに出来上がったわけではなく、研究者と技術者が協力しながら必要に応じて丁寧に設計され、1本ずつ完成していったものです。ビームラインが廃止され、その場所に新しいビームラインが建設されることもあります。
PFには1982年の共同利用実験開始直後から触媒を調べたい学術分野の研究者が集まっていました。 XAFSビームラインで触媒を研究するユーザーが、X線での観察を行いながらサンプルの温度を上げたい、サンプル容器にガスを注入して反応を見たい、と思うのは当然のことでした。

PFの硬X線XAFS専用ビームラインはすべて小山氏と野村 昌治 名誉教授が中心となって設計、建設されたビームラインです。その中のひとつであるBL-9Cは2000年に日本電気株式会社からPFに寄贈され、再整備されたもので、近年ではユーザーのニーズに応える形で、その場(in situ)反応実験を行いやすいよう整備が進められてきました。
XAFS測定では、様々な波長のX線が含まれる放射光から特定の波長のX線を取り出し、波長を次々に変えて、XAFSスペクトルと呼ばれるデータをとります。特定の波長を取り出す、つまり分光のための装置を分光器とよびますが、分光器内の分光結晶を回転させX線の入射角を変えることで波長を切り替えます。それまでのXAFSビームラインでは必要な波長で分光器の動作を止めてデータを取得し、次の波長に移動することを繰り返していたため、ひとつのXAFSスペクトルを得るのに数分から数十分を要していました。その場観察を実施するためには、その反応の速さに応じた高速のXAFS測定が必要になります。そのため、小山氏らは、XAFS測定の際に分光器の動きを一切止めずにスペクトルを取得できるQuick XAFS(QXAFS)を導入しました。これにより、条件によりますが、数秒から数分でXAFSスペクトルが取得できるようになりました。今ではPFの硬X線XAFS専用ビームライン6本にQXAFSシステムが導入されており、その場観察実験の利用拡大と測定時間短縮による高効率化に大きく貢献しました。

関連ページ:PF-XAFS ビームライン一覧

フォトンファクトリーとフォトンファクトリー・アドバンストリングのビームラインマップ 2021年4月
XAFSスペクトルをモチーフにした2017年の物構研オリジナルTシャツデザイン(デザイン:大島 寛子)
スペクトルの横軸は光のエネルギーの単位で、光のエネルギーと波長は反比例の関係にある

手作りのガス制御装置

2009年からそれぞれのビームライン担当者と共にXAFSビームライン運営を行うことになったのが丹羽技師です。ガスを使って反応させる実験を行うには、的確なタイミングで所定の流量のガスをサンプル容器に送り込むことと、確実な温度制御が必要です。それまでは実験を行いたいユーザーがそれぞれ自前のガス制御装置一式を持ち込んでいましたが、丹羽技師は、ユーザーが必要なときに使えるXAFSビームライン用のガス制御装置を手作りしました。ガス種ごとに入り口、出口があって、ガスの混合もできます。制御装置はキャスターがついた台に載せられていて必要に応じてXAFSビームラインに持ってきて、ガスボンベを繋ぎ、制御装置から実験ハッチ内にガス管を通してサンプル容器に繋ぎ、さらにサンプル容器からの排ガスを実験ハッチの外のガス浄化装置に誘導するための配管が必要でした。実験ハッチとは、放射線による被曝を防ぐための部屋のことで、安全のため部屋から出て鍵をかけないとX線が出ない仕組みになっています。

慣れると作業時間は短縮されるものの、実際にガス管を接続するのは実験するそれぞれのユーザーなので、時間がかかるのが常でした。配管後には漏れても害のないヘリウムガスを流し、ガス検出器などを使ってガス漏れチェックをします。配管はその都度違うので、ヘリウムが検出された場合、どこから漏れているのかを特定するのにも時間がかかります。可燃性ガスや毒性ガスを扱うので、実験準備完了後にはPFの安全担当者が現場の安全確認を行う必要がありますが、約束の時刻を過ぎても準備が終わらず、やむなく翌日に持ち越しというケースもありました。大学などの実験室と違い、ビームラインを占有できる時間は限られているので、実験準備にかかる時間が長いほど、実験ができる時間は減ってしまいます。
また、何度もつけたり外したりをしているうちに、ガス管の繋ぎ目にも摩耗や緩みが出てきます。丹羽技師は、配管後のチェックでガス漏れが報告されるたびに修理し、実験中にガス漏れを起こすことのないよう細心の注意を払っていました。

手作りのガス制御装置
手作りのガス制御装置を運んでいるところ

効率的で安全なガス反応制御システムの構築

丹羽技師は、安全性を高め、ユーザーの負担を減らして効率的に、より正確な実験を行ってもらうため、ガス反応を自動で制御するシステムの構築を計画しました。反応ガス雰囲気や試料温度などの触媒反応条件を遠隔制御することができ、ガス漏れ・過昇温・大地震等が起きたら、迅速かつ安全にガス供給を停止するシステムです。ガスボンベからガス制御装置を経て実験ハッチ内のサンプル直近までと、サンプル直近からガス除害装置までは、備え付けの配管とし、安全の責任は施設側が持ちます。これでユーザーは実験前の配管作業から解放されます。また、手作業の配管によるガス漏れの心配もなくなり、安全性が高まります。さらに、ガス種の選択と流量およびサンプル温度はコンピュータによる制御とし、サンプルは900℃まで昇温できます。それまで、温度制御装置は実験ハッチ内のサンプル近くに置いて監視カメラで状況を把握していましたが、サンプルを替える必要がない限り、実験ハッチを開ける必要がなくなり、実験の効率がよくなります。

丹羽技師は、ガスの制御装置も扱っているガス販売会社と相談しながら、これまで人が五感と測定器を使って行ってきたガスの制御を自動で行うための仕組みを予算内で実現する方法を考え抜きました。既存の同様のシステムも参考にしましたが、結局、独自のシステムを考えだすしかなかったそうです。
ガス制御に問題が生じたときや大きな地震のときにガスバルブを閉じるなどの一般的な安全対策はもちろんのこと、実験に合わせた特殊な制御をどう行うかは、研究者に極めて近い丹羽技師の経験とセンスがものをいうところです。丹羽技師には、実験の精度を高めるための独自のアイデアもありました。

安全上、可燃性ガスと支燃性ガスは別の配管で運ぶ必要がありますが、研究者が希望するその場観察実験では、瞬時に可燃性ガスと支燃性ガスの切り替えをする必要があります。 例えば、自動車の排ガスを浄化する触媒の効果を観察する場合には前処理として可燃性ガスでサンプルを還元させた後、迅速に反応ガスである支燃性ガスを供給する場合が多くあります。 ガスボンベに近い位置でガス種の切り替えを行うと、ボンベからサンプルまでの配管の分だけ、次のガスがサンプルに到達するまでに遅れが生じてしまいます。
丹羽技師は、可燃性および支燃性ガスをサンプル直近で混合する配管を設置しました。また混合する位置の直前に、それぞれの配管から直接ガス除害装置に向かうパスを作り、サンプルの直近まで次に必要なガスも到達している設計とし、必要なタイミングでバルブを瞬時に切り替えることで流れてくるガスを切り替えるという方法を採用しました。一見すると不思議な配管ですが、訳を聞くと納得の仕組みです。
そんな丹羽技師も「予算の制約もあり、できるだけガス検知器や流量計を使わずにガス管に想定通りのガスが流れていることを確認するにはどうしたらいいか、にはとても悩んだ」と振り返ります。

また、900℃の高温に耐えられる専用の実験用サンプル容器「XAFS測定用触媒反応セル」も製作し、PFの全てのXAFSビームラインで必要なユーザーが使えるようになっています。

ガス反応制御システムのガスボンベ部分 PF BL-9Cにて
この中で可燃性ガス、支燃性ガスごとの混合が行われ、実験ハッチ内へ運ばれる
ガス反応制御システムのサンプル直近の配管のようす PF-AR NW10A 実験ハッチ内にて

ガス反応制御システム完成後には

ガス反応制御システムは2014年の初めにBL-9Cに導入され、同年の共同利用実験からユーザーが利用できるようになりました。それまでサンプルを加熱しガスを流すようなその場観察を行っていたユーザーが利用したことはもちろんですが、そのシステムがあるなら、と触媒反応実験のハードルが下がり多くの新規ユーザーが利用するようになりました。フォトンファクトリーでXAFS法を用いる触媒分野の実験件数はシステム導入前の5倍以上になりました。特にアンモニア合成触媒、自動車排ガス浄化触媒など、試料温度やガス雰囲気制御が必要な系の動作環境下でのXAFS実験件数が増加しました。中にはガスは使わないが昇温したい、昇温はしないがガスを使いたいと利用するユーザーもいるそうです。このシステムを利用した実験で得られた研究成果は100編を越える査読付き論文に掲載されました。
主に触媒の実験を想定して作られたガス反応制御システムでしたが、鉄の酸化還元反応のその場観察にも使える、と従来とは全く異なる分野の産業界からのユーザーが増えたことも特徴的でした。PFは学術目的の利用は無償ですが、産業界を対象にした成果非公開の有償の利用も行っていて、PFの安定的な運営にも貢献したことになります。

丹羽技師は、システム導入後もほぼ毎年微修正を重ね、より使いやすいものに仕上げていきました。2017年には、バージョンアップ版をフォトンファクトリー・アドバンストリング(PF-AR)NW10Aにも導入しました。その後も、主にソフトウエアの修正を続け、やっと納得する形になったのは2019年だったそうです。

XAFS測定用触媒反応セルについて説明する丹羽技師
PF-AR NW10Aに設置されたガス反応制御システム

また、ガス反応制御システムの一部として開発したガス除害装置にもこだわりがあります。既存の小型除害装置では納得できるものがなく、大型プラントのガス除害装置を扱う会社に掛け合い、小型のものを特注しました。フィルターでガスを吸着する方式ではなく、触媒を使ってガスを分解する方式をとっています。触媒の実験を扱う丹羽技師ならではの目の付けどころと言えます。この方式のガス除害装置はメンテナンスフリーで寿命が半永久であり、丹羽技師の発注がきっかけで生まれた小型装置は、その後、放射光施設を含む5つの公的研究機関と民間企業1社で導入されました。

安全などの観点からこのガス反応制御システムでは予め決められたガスしか使用できない仕様とし、触媒の研究でよく使われる一酸化窒素NOと一酸化炭素COの他、水素H2と酸素O2を選びました。尚、希釈ガスとしてヘリウムHeと窒素N2も使えます。
システムで対応できないガスを使いたいというユーザーは、従来通り手作りのガス制御装置を使って、ユーザー自身で配管作業を行います。丹羽技師の今の悩みは、システムで扱えないガス種の使用を希望するユーザーが少なくないことです。その機能を他のガス種でも使えないか、という問い合わせもあると言いますが、すぐに応じられる相談ではなく難しい課題です。

常に新しいことに挑戦していく研究開発の世界で、様々なユーザーがやってくる共同利用機関において、実験のための装置に完璧ということはないのかもしれません。研究者たちのああしたい、こうしたいに同時に応えることは難しいことですが、物構研の技術職員は、経験を活かしながら変わっていくニーズに柔軟に対応し研究を支え続けています。


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