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歯医者×放射光×介護食

物構研ハイライト
2022年2月 7日

「人はものを食べるとき、歯と舌とほっぺの筋肉を総動員して、食べ物を小さくし唾液と混ぜてかたまりにして飲み込みます。この『小さくまとめる』という機能が失われたり弱くなっている人のために、あらかじめ飲み込みやすい形状にする必要があるんです。」総合研究大学院大学(総研大)高エネルギー加速器科学研究科(高エネ研究科) 物質構造科学専攻 4年生の三木 宏美(みき ひろみ)さんが介護食品について説明してくれた。三木さんは、歯科医師として働きながらKEKに通い放射光を使った研究を行っている。

歯科医師である父の後押しもあって、大学では歯学部に在籍していたが、物理学に興味があり理工学部の講義も受けていた。あるとき、歯学部の学生でも参加できる勉強会を探していて KEK のサマーチャレンジ* のページにたどりつく。「すごいことができそう」と参加を希望するも、必修科目の補講と重なり泣く泣く諦めることに。その他にも加速器に触れる機会を逸し、憧れを募らせた。やがて「歯科医師免許を取ったら大学院に進んで違う分野の勉強をしたい!」と強く思うようになった。

KEK は総研大の一研究科として大学院生を受け入れている。三木さんは東京で開催された高エネ研究科の説明会に 2 度参加した。初めは漠然と加速器の研究をしてみたいと思っていたが、それまで勉強してきたことが活かせる物質構造科学が向いているんじゃない?と勧められた。せっかく母校とは違う大学院に行くんだから、歯学系では学べないことをやってみたいという気持ちが強かった。もともと画像処理や映像に興味があったので、放射光イメージングを選ぶことにした。

総研大に入学してからは、歯科医業のほか、母校である日本大学 歯学部 歯科放射線学講座でCT や X 線画像の読み方を学ぶ研究生と、三足の草鞋(わらじ)を履いている。

* サマーチャレンジ : KEK の科学技術体験型スクール。基礎科学を担う若手を育てることを目的に大学3年生を主な対象として行われる。研究者による講義や施設見学のほか、素粒子・原子核の実習を体験できる。

訪問診療中の三木さん(写真提供:三木宏美)

訪問診療をする機会があった。身体が不自由な方や高齢の方を診ていると、虫歯を治したり入れ歯を作れば問題が解決するわけではないことに気づく。食べることが難しい場合、介護食(専門用語では嚥下(えんげ)調整食)が必要になる。病気や事故などが原因で神経が障害され飲み込むことが難しい場合もある。飲み込みがうまくいかないと命に関わる。

日本摂食嚥下リハビリテーション学会からは、介護者が利用できるように、咀嚼能力に応じた食べ物の形態やとろみの分類表が示されている。介護食品の基準は他にもいくつかあるが、日本介護食品協議会が制定した「かまなくてよい」「舌でつぶせる」などの規格に適合する市販の食品には「ユニバーサルデザインフード」のマークがついている。薬局などでこのマークを見て適切な食品を選ぶことができる。

UDF(Universal Design Food)のマーク
食べやすさに応じた4つの区分がある

世界人口の半分以上が米を主食とし、特に米をよく食べるアジアで高齢化が著しい。三木さんは、米を加工した介護食品を調べてみようと思った。規格に沿った工業製品である市販の介護食品をそのまま実験の試料として使おうと考えた。

KEK の放射光実験施設フォトンファクトリー(PF)BL-14C には、X 線位相コントラストイメージング法が使える世界で唯一の大型干渉計がある。この手法は、電磁波(放射光)が試料に当たった際の波の周期的振動の位置(位相)のずれを、画像のコントラストとして読み取ることができる。水素や炭素などの軽元素ほど敏感に読み取るので、生体試料や食品などの分析に向いている。

また PF には、PF スタッフを指導教員とする大学院生が優先的に実験できる制度がある。学生は興味を持って取り組めて、かつ実験手法の利点を最大限に生かす試料を選ぶことができる。

例えば、おかゆを放射光で見ると、非破壊で詳細な断面図が得られる。通常の X 線 CT では見えない米の構造や、固体と液体の混ざり具合がしっかり読み取れた。X 線画像の分析は歯科医師としての読影の経験が活かせる場面でもある。

固体と液体の混ざり具合や散らばり具合は、食感(テクスチャー)に関わってくるのではないか。三木さんは既存の食品テクスチャー特性を評価する実験方法も用いながら、食べやすく飲み込みやすい食品の特性を調べている。食べることは人の大きな楽しみのひとつ。放射光イメージングで、介護食品の食べやすさの改善だけでなく美味しさをも追求するヒントが見つかるのではないかと考えている。

米加工品を直径12 mm のポリプロピレンチューブに詰め、断面を観察した
おかゆの X 線位相コントラスト写真
(米粒 1 つを点線で囲んでいる。白い円はチューブの断面)
受賞記念に指導教員の平野 馨一 准教授とともに大型干渉計の前で
(2021年7月 フォトンファクトリー BL-14C にて)

2021 年 夏、6th International Conference on Food Oral Processing(食品の口腔処理に関する国際会議)でポスター「放射光を用いた位相コントラストX線イメージングによる加工米飯の観察」を発表したところ、Nestlé Young Scientist Award* を受賞した。歯科医師でありながら異分野で研究をしていること、放射光と介護食品の組み合わせが新しいと評価された。

先行研究を調べているうちに、放射光で食品を調べた人は意外と少ないことが分かった。米は品種も調理法も多く奥が深い。三木さんは「食品については、まだまだ調べたいことがあるので研究を続けていきたい」と生き生きと語る。

時間のやりくりは大変だが、歯科医業と研究活動が互いにいい影響を及ぼしているという。柔軟な発想で異分野研究の垣根を越えていく研究者になってほしい。

*Nestlé Young Scientist Award: ネスレ若手科学者賞。食品産業における革新的な製品・サービスへの転換が期待できる、食品科学・工学への優れた貢献をした研究者を奨励するための賞。
ネスレはスイスに本社がある食品・飲料会社。

実験に使った米加工品を並べて見せる三木さん
(2021年12月撮影)

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