元KEK理事であり、フォトンファクトリー(PF)でも長く研究主幹を務めた野村 昌治 名誉教授が、第5回 日本放射光学会 放射光科学賞を受賞しました。受賞理由は『XAFS計測技術の開発による放射光科学への貢献』です。放射光科学賞は放射光科学の進展に大きく貢献した研究者または研究グループの功績を讃える賞、毎年最大1名または1グループに授与されます。
X線吸収分光(XAFS、ザフス)法は、X線のエネルギーを連続的に変えながら試料のX線吸収を測定し、物質の局所構造や化学状態などの情報を得る測定法で、X線領域の連続光である放射光ならではの手法です。野村博士はPFが初めて放射光の発生に成功した直後の1982年4月に、当時の高エネルギー物理学研究所 放射光実験施設に着任しました。まもなく、XAFSのビームライン、実験装置とその計測技術の開発に着手し、2012年にKEKの理事に着任するまでに多くのXAFSビームラインの開発に関わりました。放射光の出現以前はほとんど実用的に使われていなかったXAFSという手法を、その計測技術を磨くことによって、より高度でかつ使いやすい手法として構築したことは、XAFSが様々な分野で使われることにつながりました。なかでも、元物構研の副所長である故・松下正博士が先駆し、野村博士を中心に技術開発が行われ実用化されたDispersive XAFS (DXAFS)法は、分光器の結晶を湾曲させることによりマイクロ秒という短い時間でXAFSスペクトルを取得することができるため、触媒の反応メカニズムの解明などに威力を発揮しました。特に、自動車の排ガスを除去する三元触媒の中で酸素の動きを世界で初めて捉えた研究は、国内外で多くの注目を集めました。
授賞式および受賞講演は2022年1月7日、オンライン開催された第35回日本放射光学会年会・放射光科学合同シンポジウムの初日に、東京大学小柴ホールで開催され、ライブ配信されました。野村博士は「今日のスゴイを明日のフツーに」という、かつて広告で使われたキャッチコピーをサブタイトルとした受賞講演を行いました。1980年代初めには「スゴイ」手法であったXAFSですが、野村博士はこれをさらに「スゴイ」手法にした一方で、誰でも使える「フツー」の手法にすることに注力し続けました。開発された多くのビームラインには、ビームを試料に導く光学系の開発はもちろん、計測系やデータ転送など、質の良いデータを取得できるようにするための工夫が随所に散りばめられています。また、利用する研究者が測定原理を理解してより良いデータを得るために編集された「XAFS実験の手引き」は何度も改訂され、手法の普及や次の世代の育成に大きな役割を果たしました。今や国内だけでも10近くの放射光施設があり、その全てにXAFSビームラインがあります。触媒や電池などの機能性材料、合金や炭素繊維などの構造材料、高分子材料、環境試料や地球外試料、文化財、生物試料や食品など、ありとあらゆる分野で利用される「フツー」の手法となったXAFSは、多くの研究成果を生み出しています。
受賞に際して野村博士は「利用実験開始時期よりPFに奉職し、XAFS利用研究の発展に多少なりとも貢献でき、また多くの放射光施設でXAFSが更に発展したこと、直接的な研究成果だけではなく研究基盤活動を評価頂けたことは無上の幸せです」と話し、XAFSを用いて高い研究成果をあげた多くの研究者に感謝の言葉を述べられました。
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