3月5日~7日にわたって、水戸市民会館において2023年度量子ビームサイエンスフェスタが開催されました。年一回開かれるこのシンポジウムでは、放射光、中性子、ミュオン、低速陽電子の四つの量子ビームの総合的な利用促進を目的とし、さまざまな分野の研究者や技術者、学生が集まり意見交換をします。主催は、KEK 物質構造科学研究所・J-PARCセンター・総合科学研究機構(CROSS)・PFユーザーアソシエーション(PF-UA)・J-PARC MLF利用者懇談会です。今回は3日間で470人が現地で参加しました。
1日目には第41回PFシンポジウムが開催されました。午前中は、施設と光源およびビームラインの現状の報告のあと、今年度からの新たなプログラムとして、S2型、T型、PF-S型課題の実験責任者がそれぞれ5分で進捗(しんちょく)を口頭で報告しました。
午後のPF-UA総会では、昨年度から設立された「PF-UA学生論文賞」の授賞式が行われました。受賞したのは、本間 飛鳥さん(東北大大学院)、大原 直也さん(慶應大大学院)、安田 智裕さん(筑波大大学院) の3名で、授賞式の後、発表が行われました。
午後の後半はPFの次期光源計画に関するセッションが行われ、全体計画説明の後に、現在検討を進めている加速器技術についての報告がありました。その後の総合討論では、次期光源の話題にとどまらず、現在のPFの運営や研究開発に関しても、ユーザーとスタッフの間で活発な意見交換が行われました。
PFセッションの後には、低速陽電子実験施設(SPF)の施設報告が行われました。現在稼働している全反射高速陽電子回折(TRHEPD)、低速陽電子回折(LEPD)など、四つの実験ステーションの高度化に対応したより高強度かつ安定的なビーム供給を可能とし、共同利用による新たな成果が得られているとの報告がありました。
2日目には量子ビームサイエンスフェスタが開催されました。
基調講演では、出口 茂氏 (海洋研究開発機構)が「深海インスパイアード化学:物質化学からアプローチする持続可能な海洋利用」と題した講演を行いました。1万1000メートルの深海、マリアナ海溝チャレンジャー海淵には、高圧で太陽光が全く到達しない過酷な環境でありながら、さまざまな生物が生息しています。その不思議な性質がもたらすインスピレーションを材料化学に応用する「深海インスパイアード化学」のコンセプトについて、また、SDGs 2050にも掲げられる、食糧、ゴミ、エネルギー問題を解決するためのヒントを深海から探る取り組みを、深海探索の現状や研究成果をもとに講演しました。
大竹 淑恵氏(理化学研究所)は、「理研小型中性子源システムRANS-広がる中性子利用ならびに小型-大型連携-」と題した講演を行いました。「いつでもどこでも中性子利用」を目指し、ものづくり分野の非破壊検査技術と中性子散乱イメージングのニーズに応えるべく開発された小型中性子源RANS(RIKEN Accelerator-driven compact Neutron Systems)とRANS-Ⅱの研究開発と利用事例について、また、トレーラーでの可搬型RANS Ⅲの実用化に向けた取り組みと、さらに小型化することで橋梁点検車に搭載可能なRANS-μが、落橋事故などを未然に防ぐ社会インフラの予防保全に利用されている事例などを紹介しました。中性子線は、これからも新たな世界を開いていくことや、中性子利用による非破壊観察技術が、将来的には宇宙開発への応用が期待できることなどを講演しました。
午後の前半に開催されたポスターセッションでは、二つの会場にユーザーおよび施設によるポスターが掲示され、さまざまな分野の研究者や技術者が交流しました。
後半は、三つの会場に分かれて、パラレルセッションが行われました。電池、生命科学、デバイス・手法開発、ソフトマター(柔らかい物質の総称)、磁性・強相関、材料・触媒について、口頭発表と意見交換が行われました。
学生奨励賞は、ポスターセッションの際に審査が行われ、特に優秀であると認められた学生6名に奨励賞が授与されました。
J-PARC MLFディビジョン長でKEK物構研副所長の大友 季哉(おおとも・としや)氏はJ-PARC中間評価の「評価の結果」について、J-PARCの創出した成果、社会への貢献が認められたこと、「今後の方向性」については、将来計画の実現に向けた取り組みを具体的に進めること、燃油高騰などを踏まえた利用料収入の自己財源化を含め施設運営の改善を図ることなどの留意点が示されたことを説明しました。
午前中は「1MWへの道」、午後は「1MWからの道」をテーマとして、加速器、中性子源、中性子利用、ミュオン施設、産業利用、計算科学・情報科学から発表がありました。1980年に運転開始、2006年に終了した中間子科学実験施設の年表に、2008年に運転開始したJ-PARC MLFの年表を照らし合わせると、現在は円熟期であり、今後の老朽化、陳腐化は避けられず、2030年頃までに次期計画を具体化する必要があることがJ-PARC MLF ミュオンセクションリーダーで物構研 特別准教授の河村 成肇(かわむら・なりとし)氏から示されました。また大友氏からは第一ターゲットステーション(TS1:現在のMLF)の経験を継承するためには、2030年頃までにTS2(次期計画)を本格化させる必要があることが述べられました。大友氏はユーザーを含めた来場者に「それにはTS2でどんなサイエンスをしたいのか、一緒に考えていきましょう」と呼びかけました。
MLF利用懇では実験報告書の提出について説明がありました。これまでも課題を終えた期の終了後60日以内に実験報告書の提出が義務付けられており、実験報告書が提出されない場合はビーム利用料が課されると決められていましたが(KEKビームラインは除く)、今後は厳格に運用していくことになりました。また昨年度、ユーザーの声を受け、カーシェアリング、ジャンボタクシーを試行的に開始したことを改めて周知しました。