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植田助教が日本中性子科学会の奨励賞を受賞 − セリウム化合物の物性研究に新たな視座 −

物構研トピックス
2024年12月26日

中性子科学研究系助教の植田 大地(うえた だいち)氏が日本中性子科学会の奨励賞を受賞しました。12月4日に名古屋国際会議場で開催された日本中性子科学会で受賞式が行われました。

受賞理由となった研究内容

セリウム(Ce)化合物は、局在的な4f電子と伝導電子の間の相互作用によって、磁性や超伝導など多彩な物性を示す物質群であり、物性物理学の中心的な研究テーマの一つです。植田氏は、Ce化合物の新しい物性について、磁化測定や比熱測定などのマクロ測定手法と、中性子散乱実験を組み合わせて研究を進めています。

受賞式の様子

日本中性子科学会の大竹会長(左)と植田氏(右)

1. 空間反転対称性の破れた重い電子系 CeTSi₃(T = Rh, Ir, Pd, Pt)

CeTSi₃は、鏡に映したように反転させても元と同じ形になる空間反転対称性が破れています。そのため電子が物質内を動くときに「スピン」と「軌道」が特別な相互作用を起こす反対称スピン軌道相互作用(ASOI)※1が現れ、物質の磁性や超伝導に重要な影響を与えます。また、一部のCeTSi₃化合物は、通常のBCS理論※2では説明できない超伝導を示すことが知られています。

植田氏は、CeTSi₃が示す磁気相図(磁場と温度の関係で現れる磁気状態のマップ)を明らかにしました。また、中性子非弾性散乱実験を用いて結晶場※3励起を観測し、電子の波動関数(電子の状態を表す関数)を決定しました。これにより、結晶場とASOIの相互作用や波動関数の形が、磁性や超伝導にどのように影響を与えるのかを明らかにしました。

2. ファンデルワールス化合物 CeTe₃ および CeTe₂Se

ファンデルワールス化合物は、原子間の結合が弱い層状構造を持つ物質です。植田氏は、CeTe₃およびCeTe₂Seにおける磁気異方性(磁気モーメント※4の方向による違い)を理解するため、中性子非弾性散乱実験を行い、結晶場準位を決定しました。その結果を基に、結晶場効果、ASOI、および量子ゆらぎによる秩序化(quantum order by disorder)と呼ばれる現象が競合することで、磁気モーメントの方向が決定されることを明らかにしました。

3. シャストリー・サザーランド格子(SSL)における Ce₅Si₃ のスピンダイマー励起

Ce₅Si₃は、シャストリー・サザーランド格子(SSL)と呼ばれるユニークな磁気構造を持つ物質です。この構造では、Ce原子間に幾何学的磁気フラストレーション※5が発生します。

植田氏は、Ce₅Si₃において、スピンダイマー励起(二つのスピンがペアを作って振動する現象)を中性子非弾性散乱実験によって観測しました。さらに、この励起が従来のSSLモデルでは説明できない振る舞いを示すことを発見し、4f電子系特有の新しい現象であることを強く示唆しました。

受賞の感想

「Ce化合物における新奇物性の研究」というテーマで奨励賞を受賞しました。学生の時からCe系の研究を続けてきましたが、これまで賞はおろか学振の特別研究員や科研費なども採用されたことがありませんでした。このような賞を受賞することができ、地道に研究を進めてきたことが少し認められたと感じ、嬉しく思います。大型施設を最も身近に感じられる研究環境に身を置くことは、非常に刺激になり研究の励みとなります。微力ながら今後も研究の道に精進していきたいと思います。

受賞対象論文

[1] Complex Magnetic Phase Diagram in the Non-Centrosymmetric Compound CePtSi3, D. Ueta et al., J. Phys. Soc. Jpn. 90, 064712 (2021).
[2] Oval-cycloidal Magnetic Structure with Phase-shift in the Non-centrosymmetric Tetragonal Compound CePdSi3, D. Ueta et al., J. Phys. Soc. Jpn. 90, 114702 (2021).
[3] Crystalline electric field level scheme in the non-centrosymmetric CeRhSi3 and CeIrSi3, D. Ueta et al., J. Phys. Soc. Jpn. 90, 104706 (2021).
[4] Anomalous magnetic moment direction under magnetic anisotropy originated from crystalline electric field in van der Waals compounds CeTe3 and CeTe2Se, D. Ueta et al., J. Phys. Soc. Jpn. 91, 094706 (2022).
[5] Neutron scattering study of dimerized 4f1 intermetallic compound Ce5Si3, D. Ueta et al., Phys. Rev. B. 109, 205127 (2024).

用語解説

※1 反対称スピン軌道相互作用(ASOI)
結晶構造の空間反転対称性が破れているときに生じる電子のスピンと運動(軌道)が結びつく相互作用。

※2 BCS理論
BCS理論は、超伝導という特殊な現象を説明するための理論。超伝導は、ある温度以下になると、物質の中で電気抵抗がゼロになり、電気が損失なく流れる現象。

※3 結晶場
結晶中では、金属イオンや原子の周囲に他の原子やイオンが並んでいる。これらが電荷を持つ場合、電子がそれらの電場(静電場)から影響を受け、電子のエネルギー準位が複数に分かれる現象が起こる。この状態を「結晶場」と呼ぶ。

※4 磁気モーメント
電子のスピン(自転のような性質)と軌道運動(公転運動)によって、電子や原子全体で一つの磁力の強さと向きを表す量。

※5 磁気フラストレーション
磁気モーメントが互いに反発し合い、安定した状態を取れなくなる現象。

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