物質構造科学研究所 中性子科学研究系技師の大下 英敏氏が、令和6年度KEK技術賞を受賞しました。
この賞は、機構内の技術者を対象とし、技術の創造性、具体化、研究への貢献、技術伝承への努力などを審査し授与されるもので、2月17日に表彰式と受賞講演が行われました。
受賞対象となった課題名は「J-PARC MLFにおける窒素ガス充填の中性子ビームモニターによる中性子数の精密計測」です。
J-PARC 物質・生命科学実験施設(MLF)では、大強度陽子ビームを生成する加速器から生み出される中性子ビームを用いて中性子実験を行っています。大下氏は、MLF に整備されたKEKが管理する中性子ビームラインにおいて窒素ガス充填の中性子ビームモニター(N2 gas filled neutron beam monitor: N2-NBM)の研究開発を進めてきました。
中性子回折実験では、試料の構造情報を含む干渉性散乱データを得るために、バックグラウンドである非干渉性散乱データが取り除かれます。この操作には、規格化されたバナジウムなどの標準試料のデータが用いられ、中性子ビームモニターはその規格化パラメーターを提供する役割を持っています。
電荷がゼロの中性子を検出するには、荷電粒子を放出する3He(n,p)3H 反応や14N(n,p)14C 反応などの吸収反応が利用され、これらの中性子反応を発生させる材料は中性子コンバーターと呼ばれます。
これまでMLFには入射中性子の絶対量を監視、診断するビームモニターがありませんでした。現状として、3-ヘリウムガス充填の中性子ビームモニター(3He-NBM)とGEMを用いた中性子ビームモニター(nGEM)などのガス放射線検出器を用いて中性子量を測定していますが、新規の入手が困難であること、大強度中性子環境下での動作や放射線耐性に問題を抱えていることなどのデメリットがありました。入射中性子の絶対量測定の観点では、金箔(きんぱく)による放射化測定が行われていますが、この測定手法も定常的な監視には向いていません。このような状況が新しいビームモニターを開発するモチベーションになったと大下氏は話しています。今回、動作が確認されたN2-NBMには窒素ガスが充填されており、中性子の検出に14N(n,p)14C 反応が利用されています。本来、この反応は非常に起こりにくいため、窒素ガスは中性子コンバーターに向かない材料ですが、MLFのような大強度中性子環境下においては、例外的に適度な計数特性を持つ中性子ビームモニターの実現に最適であることも分かりました。
また、大下氏は学生時代にATLAS TGCグループで学んだ、実験データとGeant4シミュレーションコードの比較による放射線検出器評価の経験を生かし、N2-NBMの実測とGeant4シミュレーションで得られた中性子感度から中性子絶対量を導出することにも成功しました。
そして2年前の2023年2月にMLFの高強度中性子全散乱装置NOVAの真空槽上流にN2-NBMを設置し、コミッショニングを行いました。図1に示すように中性子強度の実測とシミュレーション結果の妥当性を示した上で2024年6月からは運用を開始。N2-NBMの実用化とMLFでの中性子絶対量測定の実現につながりました。
授賞に際し浅井 祥仁(あさい しょうじ)機構長は「難しいといわれる中性子測定技術に大きな貢献をしていただいた。中性子はこれから産業利用が増えていく中で、大下さんの技術が今後ますます利用されていくことを期待し、さらに新しい研究も進めていただきたい」と評しました。
I(E)はN2-NBMの実測とGeant4シミュレーション結果から導出され、Ical(E)は中性子ビームライン建設用として行われたシミュレーション結果に基づいて導出されています。 下図はI(E)とIcal(E)の比をあらわし、広い中性子エネルギー領域(0.6 meV~1 eV)にわたって-20~14%の精度で一致していることを示しています。なお、中性子強度の単位に含まれるMWは加速器ビームパワーの単位であり、eVはビン幅で割り算していることを示しています。