3月12日~14日、つくば国際会議場にて「2024年度量子ビームサイエンスフェスタ」が開催されました。本フェスタは年に一度開催され、放射光・中性子・ミュオン・低速陽電子の4つの量子ビームの総合的な利用促進を目的として、全国から研究者・技術者・学生が集まり、分野を越えて意見交換が行われます。主催は、KEK物質構造科学研究所(物構研)、J-PARCセンター、総合科学研究機構(CROSS)、PFユーザーアソシエーション(PF-UA)、J-PARC MLF利用者懇談会(MLF利用懇)です。今回は3日間で565人が参加しました。
J-PARCセンター副センター長の金正 倫計(きんしょう みちかず)氏は「数年後に振り返って今日が始まりだったと言えるようなシンポジウムにしたい」と挨拶し、MLFシンポジウムがスタートしました。J-PARC MLFディビジョン長で物構研副所長の大友 季哉(おおとも としや)氏は、4月7日からビームを受け入れ、4月15日から利用運転を再開する予定であることを発表しました。昨年6月末に発生した中性子源の不具合の影響で未実施となっていた課題は翌期へ繰り越しされるため、2025B期は17日間の運転が予定されています。2025B期は国内ユーザーの利用促進を目的とした国内機関限定の公募を行う予定であることが明らかにされました。また、次世代中性子ターゲット(16号機)の導入により、2年間の安定運転が可能になる見通しが示されました。
続いて中性子源トラブルの詳細説明が行われ、水銀標的容器の2年運転に関する取り組みや水銀ターゲットの高出力化・長寿命化の最新の進展について紹介がありました。ミュオン回転標的の高度化については新規ミュオンターゲットに関する活発な質疑応答が行われました。
次にMLFの課題公募制度について解説があり、緊急課題公募が学位論文執筆のために迅速なデータ取得が必要な場合にも対応することが発表されました。ユーザーからは、申請者が避けたい審査者を指定できる制度を求める声が寄せられました。また、国際評価委員会(NAC)で学位論文の少なさを指摘されたことを受け、課題申請書に学位論文に関する項目を設けることが提案されました。
午後はJ-PARC MLF利用者懇談会(MLF利用懇)総会が開かれ、会長の大山 研司 氏が会の意義について説明し、ユーザーからのMLF改善の声がMLFの応援になると呼びかけました。
続いてMLFロードマップについての現状報告がありました。レビューを経てMLFアップグレード(MLF double)と、第2ターゲットステーション(TS2)の建設を目指す方針が示されました。MLF doubleでは、陽子パワー向上や検出器性能の向上により、2030年までに中性子の実効強度を2倍にする計画です。透過型ミュオン顕微鏡の実現も視野に入れています。また、TS2では、中性子とミュオンのターゲットを一体化し、中性子の輝度を20倍、ミュオンの強度を50〜100倍に高めることを目指します。
最後に、日本中性子科学会会長の大竹 淑恵 氏、日本中間子科学会会長の久保 謙哉 氏、中性子産業利用推進協議会の久米 卓志 氏が、それぞれの将来計画を発表しました。意見交換では、各学会・協議会のビジョンを重ね合わせることで、TS2の実現に向けたMLFロードマップの礎となり、今後の具体的な議論が始まっていくのではないか、とのコメントがありました。
2日目には量子ビームサイエンスフェスタが開催されました。
基調講演立命館大学の朝倉 清高 氏は、酸化チタン(TiO2)の構造と触媒特性を量子ビームで解析する研究を紹介しました。ミュオンスピン回転(μSR)により、水素がドナーとして働く可能性を示し、今後の触媒研究への応用を提案しました。次に低速陽電子回折(LEPD)を用いた表面解析では、Ti2O3構造の非対称性を確認しました。さらに、Strong Metal Support Interaction(SMSI, 強い金属-担体相互作用)の研究として、TiO2上の白金やニッケルの相互作用を放射光で解析した成果を発表しました。今後、水素の挙動をミュオンや中性子で観測する可能性にも言及しました。
物質・材料研究機構(NIMS)の出村 雅彦 氏は、マテリアルDXの取り組みを紹介しました。従来の経験則に頼る材料開発から、AIとビッグデータを活用した高速開発へのシフトが進んでいます。世界最大級の材料データベース「Atom Work Adv.」「PolyInfo」を構築し、生データや失敗データも蓄積することで、機械学習による最適な材料設計を可能にしました。また、文部科学省マテリアルDXプラットフォーム事業では、研究データの一元管理・共有を推進し、2026年4月から本格的な蓄積・共用データの公開を予定しています。AI解析アプリ「Pinax」を活用し、研究効率の向上を目指すと述べました。
午後の前半に開催されたポスターセッションでは、二つの会場にユーザーおよび施設によるポスターが掲示され、さまざまな分野の研究者や技術者が交流しました。
後半は三つの会場に分かれて、パラレルセッションが行われました。「マテリアルインフォマティクス」「ソフトマター(柔らかい物質の総称)」「デバイス・手法開発」「磁性・強相関」「生命科学」「材料・触媒」のセッションごとに、口頭発表と意見交換が行われました。
2日目の午後に行われたポスターセッション内の審査で、特に優秀であると認められた学生6名に奨励賞が授与されました。
3日目には第42回PFシンポジウムが開催されました。
午前中は、施設報告、光源加速器およびビームライン報告に続き、2024年秋から共同利用を開始した広波長域軟X線ビームライン(BL-12A)の現状や、建設中の開発研究多機能(R&D)ビームラインの進捗(しんちょく)状況、S2型、T型、PF-S型課題の報告等が行われました。
午後のPF-UA総会では、第3回を迎えた「PF-UA学生論文賞」の授賞式があり、受賞した吉持 遥人さん(東京大学大学院)、元内 省さん(東京理科大学大学院)、宮井 雄大さん(広島大学大学院)の3名が講演しました。
午後の後半のPF次期光源計画のセッションでは、計画の概要に続き、加速器技術とサイエンスのそれぞれの検討状況について報告がありました。その後の総合討論では、より具体的な提案に即した、ユーザーとスタッフ間の活発な意見交換が行われました。
PFシンポジウムの後には、低速陽電子実験施設(SPF)の施設報告が行われました。今回は施設報告に加えて、昨年9月にプレスリリースされた、ポジトロニウムのレーザー冷却の成功についての報告も行われました。
量子ビームサイエンスフェスタは、施設スタッフとユーザーとの情報交換の場であるだけでなく、異なるプローブを用いる研究者間の交流を通して将来の量子ビーム利用研究のあり方を考える場となることを目指し開催されてきました。次回は水戸市での開催を予定しています。