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私にスピンをわからせて! 本音トーク ~ 私がスピンを理解できないのは… ~

物構研トピックス
2025年3月26日
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今年2025年は量子物理学100年を記念した「国際量子科学技術年」ということですが、「チームわたスピ」にとっては、スピン提唱から100年の記念すべき年です。

「私にスピンをわからせて!」では、スピンの概念を理解できるようにと連載を重ねてきましたが、量子力学は直観的には分かりにくいもの。
腹を割って、本当に分かってる?と本音で話し合うべく、わたスピメンバー全員が集まりました。
和気あいあいとチームわたスピの歩みを振り返って、スピンは難しいことを再確認しましたが、分かりたいと扉を開けたことで世界は広がりました。分かることを目指して学ぶうちに、次の疑問が湧いてきます。横道にそれながらも一歩一歩進むことで、量子的に分かるひらめきの瞬間があり、知的好奇心が満たされていきました。
研究者の仕事もそれに少し似ています。研究すればするほど謎は深まり、知りたいことは終わりがありません。分かり始めるともっと分かりたくなる。深まる謎を追いかけることこそが研究の醍醐味(だいごみ)でもあるのです。

「私にスピンをわからせて!」は教科書のようにきれいにまとまってはいませんが、研究の苦しさや楽しさをのぞいてみる窓にもなっているのではないでしょうか。その裏話を、源次郎、シュレ子と一緒に聞いてみてください。


北村 源次郎:野趣あふれる美猫。上田城で母と運命の出会いを果たし、北村家の猫となったことから、真田信繁の幼名をとって源次郎と名付けられた。

エリザベスカラーをした源次郎

「お腹をなめないように大きな襟をつけてもらってるんだニャ」

シュレ子:第4回転から登場、ヨーロッパからやってきた謎の猫。どうやらシュレディンガー家から来たらしい。好奇心の赴くまま、わたスピワールドに引き込まれて、いつのまにかレギュラーメンバーに。

母上:源次郎の母。文系だが、素粒子とスピンに興味がある。昆虫・植物が大好きで、KEK構内で撮った珍しい虫の写真を持ち歩く。プロフィールは【KEKのひと#30】「山を旅して世界を知った 北村節子さん」に詳しい。

小嶋 健児(こじま けんじ)さん
新潟県新潟市出身。『スピンはめぐる』を初めて読んだのは高校生時代。全く分からなかった。その1年後に東京都田無市にあった東京大学原子核研究所の夏休み実験でミュオンの寿命を測ったという。KEK物構研の研究者を経て、現在はカナダでミュオンのスピンを使う研究者になっている。
村上 洋一(むらかみ よういち)さん

愛媛県松山市出身。専門は、物性物理学。幼いころから磁石の不思議に魅せられて、かれこれ半世紀、今も磁石に関連した研究を続けている。

板倉 数記(いたくら かずのり)さん

千葉県松戸市出身の理論物理学者。2020年3月まで、KEK 素粒子物理学研究所 理論センターに所属、同年4月から長崎総合科学大学 教授。
高エネルギー重イオン衝突や高エネルギーのハドロン散乱などの極限的な状況の物理に興味を持って研究している。

宇佐美 徳子(うさみ のりこ)

長年、KEKおよびフォトンファクトリーの広報を担当している研究者。専門分野は放射線生物学。

大島 寛子(おおしま ひろこ)

物構研の広報担当者として「わたスピ」のイラストを担当。似顔絵がよく似ていると好評。

深堀 協子(ふかぼり きょうこ)

元物構研の広報担当者。「わたスピ」の記事執筆を担当。

今回の教科書
(著者:朝永 振一郎 1974年初版発行)
『スピンはめぐる【新版】成熟期の量子力学』 
2008年6月 みすず書房

今回の参考書
(著者:チームわたスピ)
『量子の世界を見る方法 「スピン」とは何か』  
2022年11月 講談社ブルーバックス


源次郎

あ、始まってるみたいだニャ~。

シュレ子

まるでオンライン同窓会ね。

源次郎

なにしろ登場人物が全員KEKを卒業してるからね。小嶋さんは久しぶりにカナダからの参加ニャ。

「わたスピ」の6年半を振り返る
村上 バンクーバーはいま何時? 夜?
小嶋 いま8時16分です。夜中ではない。
村上 いつでしたっけ?小嶋さんと始めた第一回は。
深堀 2018年8月です。小嶋さんがカナダに移られた頃。
母上 小嶋さんは、この連載のはじめの段階で、カナダに移ってしまったんですよね。私一度もリアル小嶋さんとお会いしてない。
小嶋 そうですよね。今日は久しぶりの参加です。
村上 6年半前か。
僕らは商売柄、スピンは身近に接している概念なんだけど、皆さんに僕達の話が通じたのか、通じていない部分もあるのかもしれない。正直うまく説明できたと思ってないんだけど、どんな感想をお持ちでしょうか?北村さん。
母上元はというと私が「分からん分からん、これどういうことなん?」と訴えたのが始まりだったんです。
私も一般向けの理系の本を、例えば進化論とか生物学の本とか読むんですけど、KEKに来て、「そうか、これからは物理の本も読んで勉強しよ!」と思って新書をいくつか読んでみたら「なにこれ?」って途中から全然分かんなくなった。スピンというのが出てきて立ち往生したんです。
それで、「スピンを分からせてほしいんだよね」なんてことを言ってたら物構研広報でお膳立てしてくださって。すごくありがたかったんですけど、そのあとの千本ノックはたいへん厳しくて追いついていくのは大変でした。
笑う顔のアイコン(笑)
母上でも今振り返ると、おかげで私にとっての新しいページが開かれた気がして、その世界の匂いを嗅いだだけでも幸せだった気がします。ちょっと賢くなった気がするわね。
ただ、全体の流れで言うと、電子のスピンまでは「うんうん。そうかそうか」って分かったんだけど、陽子のスピンに入ってくるとやっぱり「ほにゃらら!」って。
笑う顔のアイコン(笑)
母上今でも全部が分かっているとはとても思えないんだけど、漠然と「あぁ、なんかこういうことらしいな」と言うところまでは来たかなと。
これはみなさんのおかげ。みなさんの忍耐に感謝です。それから源次郎までいい役をもらってありがとうございました。
源次郎 ありがとニャー。
村上 そう言ってもらえると嬉しいです。
スピン本(今回の参考書『「スピン」とは何か』)もそうなんだけど、ちょっと難しすぎるよという意見が多いですよね。
もともとこの話はスピンをどうやって分かっていただくかというときに、よく世の中にある「スピンは回転ですよ」という、フィギュアスケーターが回転している絵、つまりメタファーではなく本質に迫れる方法はないのかなというところが手探りでした。
板倉 確かにそうなんですけど、ある現象に出会ったとき、それを身の回りの現象、いわゆる古典力学的な世界になぞらえて納得するというやり方が、理解の最初のステップだと思うんですよね。
そういう意味で、本当は違うのだけど、自転するコマやフィギュア選手といったアナロジーも、頭ごなしに否定してはいけないものかなと。
村上 なるほど。
板倉 単なるアナロジーのレベルで「理解した」と止まるのではなく、それとは異なる点を把握し、理解の精度を高めていくことが重要だと思うんです。
わたスピやスピン本でやっていたのはそういうことでしたよね。
村上 うん。
具体的な一つのやり方は実験をきちんと説明すること。具体的にはシュテルン=ゲルラッハの実験(SG実験)に集中して理解したら、スピンのなんたるかをつかめるんじゃないかというところからスタートしたんです。でもやり始めると、そもそも銀原子ってどういう構造なのかが分かってないと理解できなかったり、もっと言えば、電子自体を知らないと前に進めなかったり。いろいろつまづきながらやってきたんで、大変心もとなかったですね。
僕自身も改めて勉強したこともあってためになったんですけど、それを聞かされた方々はうまく理解できたかどうか、分かったと思っていただけたのかどうか、心配でした。
『スピンはめぐる』も「スピン」も難しい
小嶋 僕、ここに来る前に記事を初めから全部読んだんですよ。
久しぶりに読むとこんなふうにスピンの存在が主張されたんだと、知らなかったことがいろいろ書いてあった。
SG実験くらいはフォローしているつもりだったんですけど、どうやって陽子のスピンが導出されたのかっていうのは実は初めて聞きました。
原子核で実験をやったんじゃなくて分子でやるんですね。分光の強度から、自由度がこっちに何個あってこっちに何個ないと話が合わないということからスピンの存在が出てきたというところ、これは非常に面白かったですね。
板倉 ふふ。
村上 あれは、深堀さんがほんとに四苦八苦した点ね。
あの話すごく難しいんだよね、ほんとは。『スピンはめぐる』に書いてあるんだけど、あんなのちゃんと理解してる人なんてあんまりいないんだよね。
小嶋 僕がこのミュオンの分野に入ったそもそもの始まりが『スピンはめぐる』なんですよ。
高校生の時に読んで、「全く分からない」
板倉 おぉ(驚き)
村上 でしょ?
小嶋 いやいや、今読んだって分かんないですよ。
村上 分かんないこといっぱいあるよ。
小嶋 だから大学に行っても常にスピンという単語が頭の中にあって。
3、4年生の実験で陽子のスピンを測る実験というのをやってたんです。それに参加して、スピンをもっとあらわに扱うものとしてミュオンがあるという話を聞いてですね、そっちに進んだから、まさに自分の人生を決めた単語の一つです。
母上 ふーん(感心)
深堀 その実験ではどうやって陽子のスピンを測ってたんですか?
小嶋 そのイオン源は偏極源というか、スピンを揃えることができないので、鉄の原子核があって陽子を入れると励起状態になるんですね。非弾性散乱の過程でスピンが反転したときと、反転しなかったときで、その後に出てくるガンマ線の放出分布が変わるんです。スピンが反転すると上の方に出やすいとかそういうルールがあって、ガンマ線を測ることによってスピンが反転したかどうか分かる。
エネルギーを変えるとスピンが反転する確率が下がっていったりして、なかなか面白かったですよ。
村上 へぇ。
小嶋入った陽子がそのまま出てくるんですね。エネルギーが低いと一旦中で励起状態を作って、原子核の中のどの陽子か分からなくなってから、ぽろっと非弾性散乱で出てくる。そんなことが分かって結構面白かったんですけど。
ただスピンを間接的に見てるという気しかしなかったので、もっとあらわにスピン自由度が出てくるミュオンというのをやろうと、大学院では4年生のときの研究室にそのまま進まずにKEKの永嶺(謙忠)先生のところに行ったんです。その2年後に村上さんが実験やりたいって来ましたよね。 村上さんは当時助手でしたね。
村上 覚えてるよ、今でも。小嶋さんは統計物理学の本を持ち歩いてたね。
深堀 つくばにミュオン源があったときですか?
小嶋 そうです。つくばのミュオン源は1980年にできて2006年にシャットダウンで、僕は91年から93年くらいまでいました。
シュレ子 つくばのミュオン源については、2020年に行われた「パルス中性子ミュオン発生40周年記念オンラインシンポジウム」の特設ページを見てにゃ。
村上 小嶋さんは板倉さんとはどんな年関係?
板倉 私は多分小嶋さんの一つ下なんですよ。
微かな記憶では確か学園祭かなんかのときに、小嶋さんがブイブイ言わせていて。後輩に指示を出してましたね。
笑う顔のアイコン(笑)
小嶋 3、4年生が出し物をやるんですね。恥ずかしい記憶。あっ、学園祭の出し物はスピンと関係ありません。スピンは難しすぎ。
板倉 私の代ではそんなスピンの実験があったというのは記憶にないですね。
深堀 板倉さんも学生の頃からスピンに興味があったんですか?
板倉 いや特に別に。いわゆるスピンとして興味があったというわけではないです、私は。
むしろスピンは苦手な方なんです。あれってめんどくさいんですね、計算が。量子力学で合成とかやらなきゃいけない。
わたスピ8でも最後の最後まで説明したくなくて逃げてたんですが(笑)、ちょっと難しいんですね。特に原子核に絡んだ角運動量の合成というのは、クレブシュ―ゴルダン係数とか、かなりめんどくさいものがあってむしろ苦手な方で。いわゆるスピンスピンしたことは絡まないように研究もやってきたんです。
母上 ふーん。
小嶋クレブシュ―ゴルダン係数は4年生の物理数学演習に出てきて、全く分からなかった。
板倉 なので、スピンを説明してほしいと言われたときは、実はちょっと、うーん困ったなと(笑)
もちろん自分自身ももう一回勉強し直したという部分はありますね。もちろん一番初めに『スピンはめぐる』を読んで、ああそういうこともあったなと思って、これを説明しなきゃいけないのは大変だなと、腹を括っていろいろとやってきたということですね。
やっぱりそれ以前の電子のスピンに比べると陽子のスピンの話ってのは考えなきゃいけないことが多かったですよね。だからそれ以前はよく分かったけども、陽子の方は分からない部分が多かったっていう北村さんの感想は、私の力不足っていうのもあるのかもしれませんが、仕方ないというところもあるのかなと。
本当にちゃんと理解するならもっと時間をかけたいところですが、最後はちょっと強引に終わらせた感じがありますからね(笑)
小嶋 僕はスピンが分かったかどうかと聞かれると、矢印書いて古典論的にどう振る舞うかというのはまぁ分かるんですね。
特に自分がやっている実験って1個1個の粒子を見てるわけじゃなくて、それを100万個くらい入れてその平均的な振る舞いを追いかけるものなんです。基本的に古典的な矢印が磁場を感じて回って、その時間発展を追いかけるみたいなものだから、そう意味では分かったと言えるんですけど、1個1個のスピンが何かっていうのを問い詰めていくとだんだん分かんなくなってきて。
例えば運動量は質点がこう走ってるという描像がたって、角運動量だってくるくる回ってる描像が立ちますけど、スピンって言った段階でもうわれわれが住んでる空間じゃないじゃないですか。
そもそも360度自分が回ったときに、絶対値しか感知できない波動関数の符号が反転すると言われても実感湧きません。スピンを空間で回した場合、波動関数の位相がもろに出てきうるような自由度だから、スケーターがくるくる回るような 古典的なスピンからどんどん離れていって、どんなに考えても分かんないんじゃないか、と。
村上 ははは。
小嶋 ちょっと諦めに似た境地があります。
かつ位相が、波動関数の符号が反転するような話って身の回りにないんで、そういう意味では分かんない。
板倉 全く同意です、分かんないんですよ。
深堀 スピンの本質は分かんないってことを言いたかったのに、これを読めばわかると言われちゃったので。
スピン本の帯に「スピンが分かれば量子力学が分かる」と書いてある。
村上 それは本屋さんがつけたやつだね。
小嶋 それはある意味正しい。
深堀 「仮に」スピンが分かれば、量子力学が分かると。
宇佐美 スピン本のあとがきの初稿には「よくわからなくてもいいので安心してください」という一文があったのですが、結局消えてしまいましたね。
板倉 例えばアマゾンのレビューを見ると「この本を読んでも結局スピンってなんだったのか分からない」というのがあるんですよ。
いやそうだよと。
宇佐美 そうなんです、それでいいんですよ。
笑う顔のアイコン(笑)
「分かる」ってなんだ?
村上 そういうことがすごく重要だと思う。そういうことというのはね、勉強したら分かるから、分かるために勉強するというより、勉強したらますます分からなくなるんだよということが本当は言いたいんです。
実感あると思うんですけど、勉強すればするほど分からなくなる。分からなくなるということがある意味面白いことなんだよということを本当は伝えたいんですね。
笑う顔のアイコン(笑)
宇佐美 そうそう。
村上 簡単に分かるというのは面白くない。
板倉 そうですね。
深堀 どこが分からないのか分かってくるというか。
村上 うん、そうそう少しずつね。
板倉 分かるということも全部レベルが違うんですよね。
ここまで分かった。でも何を前提としてこれが分かるか、その前提って何ですか?
どんどん移動していくんですよね。その線が。
村上 そうそうそう。
板倉 それが研究というか科学なので。
村上 そこが「分かる」というか、研究というか科学をやるということの本質、醍醐味(だいごみ)だと思うので、うまくそういうところを伝えられたらいいかなという気がしますね。
宇佐美 その割にはタイトルに「わからせて」とつけちゃったから、自分で首を絞めてる。
板倉 「わからせて」であって「分かった」わけではないというね。
母上 「分からせて」という願望だったんだからそれでいいんじゃない。
板倉 わたスピは、スピンを完全に分かることを目指しているものでもなかったってことかな。
むしろ、わたスピでやっていたことは、何度も何度も「どういうこと?」と問い続けることでしたね。
村上 分からないことを考え続けることが、苦しくもあり楽しくもあり。
板倉 理解というものは多層的で、もしかしたら永遠に続くものかも知れないということを見せていたのだと思います。
深堀 分かると謎ループですね。
小嶋 スピンの存在を仮定しないと説明できない実験結果がいろいろある、だから「スピン」は「実在すべき自由度」だよ、というのがわたスピのメインメッセージだと思います。
逆に、スピンの存在からわれわれの住む空間の真の姿(相対論・量子論などなど)を探る、という記事があったらぜひ読みたいですね。
深堀 それは難易度高い。
小嶋 こういう発散傾向も、分かる→謎のループの一種かもしれません。
「わたスピ」の裏の意味
村上 あのタイトルはだれが付けたの?
深堀 あれは、付けたのは誰か覚えてませんけど、『私を野球場に連れてって』でしたっけ、あの構文ですよ。
村上 そうだったね。
小嶋 『私をスキーに連れてって』は知ってるけど、野球場ってなんですか?
母上 あれはもともとアメリカの野球場で7回裏かなんかに必ず流れる歌なんですよね。♪タンタタタンタターンっていうメロディーの。
小嶋 ああ、その歌ですか。そういう歌詞がついてるんですか?
母上 そうそう、あれは向こうのデート社会学のようなもので、女の子が私を野球場に連れてってよという一つのドラマを歌った歌らしいんです。もちろん野球業界の広告でもあるんですが、それをもじって日本の映画会社が『私をスキーに連れてって』を出したんですって。
Take Me out to the Ballgame で検索すると原曲が出てきますよ。
小嶋 へぇ。
母上 言葉の遊びもあるんですが、当時の私としては本当に「分からせてよ!」という気持ちはありました。だってKEKに行ったら私にとってはみんなが話している言葉が火星の言葉で、その中でも頻出するのが「スピンが」「スピンが」なんだから。「スピンって何?」って聞いても「一言じゃ言えないよ」って話で終わるでしょ。
板倉 ふふ。
母上 中高生向けの科学本に、例えば「布を水に浸しておくとなぜ水は上がってくるの?」という話があると、「それはね、毛管現象と言ってね」という説明があるわけですよね。そこから先の「じゃ、毛管現象ってどうして起こるの?」という話はなかなかないわけ。
毛管現象という言葉だけ覚えて、分かったと言っちゃうのはやだなという気持ちはあるじゃないですか。「その先を分からせてくれよ」という気持ちはちょっと探究心の強い子だったら誰でも持ってると思うんですよね。
宇佐美 うんうん。
母上 ま、ネコと一緒に聞くなら恥ずかしくないわ、という気持ちで伺いました。
このタイトルは私はとってもラブリーだと思って。ちょっとフェミニズム的に言うとオリジナルは気に入らないけど、言葉遊びとしてはとても面白いと思って好きです。
「わたスピ」というチーム名も好き。
深堀 これは大島さんが言い出したんですよね。
大島 わたスピとつけた裏話をしていいですか?
村上 もちろん。
大島 その当時「ワタモテ」というアニメがあったんですよ。
深堀 ふーん。
大島 そのアニメのタイトルが、『私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!』っていうんですよ。
笑う顔のアイコン(笑)
大島 それを略して「ワタモテ」って言うので、「わたスピ」って言い出したんですけど、「私にスピンをわからせて!」じゃなくて 「私がスピンを理解できないのはどう考えてもお前らが悪い!」っていう。
笑う顔のアイコン(一同爆笑)
村上 ほう、いいね。それ。
大島 略して「わたスピ」。
村上 あぁ、そうか。
深堀 お前らって誰?
大島 えーっと、お前らは…。
村上 それちゃんと書いとかないと。
板倉 裏の意味があったんですね。
われわれのせいだ。
深堀 それはないです。
母上 本当に私思うんだけど、図に乗って言うんだけど…。扉を開くとこんなに面白い世界があるのに、どうして研究者の人たちはそれを分かりやすく言ってくれないの?という気持ちがあります。
村上 わたスピは、掘り下げてくれたので、説明するという流れに持って行けたのがよかったかなと。
お互いに、なんでこんなに分からないんだ、もっと分かりやすく言えないんだというやりとりは実はありましたよね。とても真剣に張り合っててよかったんじゃないかな。
深堀 電子のスピンのときはまだみんな近くにいたので、しょっちゅう村上さんの部屋に集まって長いこと、ああでもないこうでもないと言ってましたね。
村上 物事を分かりたいなと言ったときに簡単には分からないわけなんですよね、どんなことでも。
僕らはどうするか、というと、多分ですけど、なんとかして分かってやろうという根性みたいなものがあるんですよ、研究者ってね。そういうような根性を皆さんに感じたのかもしれません。
笑う顔のアイコン(笑)
村上 「なんとかして分かってかましたろ」というそういう気迫に押されて僕達は説明するんだけど、説明しているうちにこっちも「なんでこれを分かってくれないんだ」と。
まぁ、お互いさまで、ある意味今から思うと楽しい時間をたくさん過ごさせていただきました。
宇佐美 お互いに「どう考えてもお前らが悪い」と思っていたということですかね。
笑う顔のアイコン(笑)
村上 さっき大島さんが言ったタイトルがすごくいいと思ったのはそういうところで。
そこがないと進歩しないよ。
板倉 物理のセミナーとかで、何言ってるか分からないときに「それは講演者のせいだ」とみんな考えるんですよ。
村上 そうそう。
板倉 「お前がちゃんと説明しないから分からん」と言ってけんかになることもあるし、「こいつは説明がダメだから」といって退席してしまうこともある。 そこで対話をしてちゃんと質問に答えて、やりとりの中で理解するということが研究者にとっては日常的なことなのです。
母上 私が初めの段階で、このスピンってなんでこんなに分かりにくいのという雑談をしていたときに、たしか物構研の前の所長だったかな、スピンをちゃんと分かりやすく説明することができたら本物だと、おっしゃったんですよね。
村上 山田(和芳)先生ですね。
母上 私はそれを聞いて意を強くして、いくら「分からん」と言ってもいいんだと思いました。多分スピンというものが、説明するには難しい概念なんだということが専門家の間でも共通認識なんだろうなと。
話を聞いたら、これは確かに説明しにくいわということがよく分かりました。
スピンという最終目的があるんだけど、それにたどり着くまですごくベーシックなことまで説明していかなくちゃいけない、枝道に入るところがたくさんあってそれでスピン一辺倒じゃなくて、いろいろ学習したという気持ちがあります。
村上 角運動量って何かという話から随分いろいろやりましたもんね。
母上 そうそうそう! あれは泣いたわ~!
村上 スピンって角運動量であるってことなんですけど、それがね、なかなかね。
深堀 北村さんが物理を取ってなかったのがよかったと思います。
母上 そうかも知れないね。
深堀 ちょっと知ってる人は逆に聞けなかったりするから。「私はまっさらです」って宣言して始めたところがよかった。
母上 「どんな恥でもかくぞ」という気持ちはあったし、実際、おばさんってなんでも聞けるのよ。
おばさんの強みはこれですよ。
笑う顔のアイコン(笑)
「分かる」は量子的
村上 宇佐美さんはいかがですか?
宇佐美 あんまり簡単に「分かる」というのは言えないなっていうのはあるんだけど、分かると分からないの間には階段みたいに、ちょっとずつ分かっていく階段があって、上っていくとまたその先にすごい階段が続いているのが分かってくる。
私は到達点には達しなくても一歩一歩上るというのが大事だと思う。階段と言ったのは、坂みたいに連続的に登っていくのではなくて、「あ、ガッテン」っていうのがあるじゃないですか、そういうのを一歩一歩積み重ねていってやっと分かっていく。そうやって、だんだん分かっていくものなのかなと思っています。
わたスピ連載中に母上は結構上ったんじゃないかと思うんです、何段か。上る瞬間というのもあったと思うんですよね、「あ、そうなの」って。また一個上ったわという感じで。それは良かったかなと思う。
深堀 山登りと似てないですか?
宇佐美 そうそう、母上はよく登山する人ですから。
深堀 ちょっと登ると視野が広くなって、次の山に登ろうとすると下らなきゃならなくてちょっと見えなくなるけど、みたいな。
母上 視野が広がるとルート上だけじゃなくて、あ、ここはこういう地形だったのかということも分かるわけで、そういうことですよね。その例え、ぴったりです。
村上 階段だというの、僕もよく分かって。分からないときは全く分からないけど、分かるときってステップ状にいくんですよね。
宇佐美 うん。
母上 量子エネルギーみたいですね。
宇佐美 あ、すごい。量子的なんですね。
村上 パッと分かるっていうことがすごく楽しくてやってるようなものなんですよね、研究者は。
母上 百ゼロではないですよね。スピンだってね。全部分かると全然分かんない、それだけじゃない。
宇佐美 完全に分からないと気が済まないという人もいて、そういう人には「スピンをわからせて!」と言ってるのに結局分かんないじゃないかと言われちゃうのかもしれないけど、なんか一つなるほどと思うものがあったらそれでいいじゃない、と思っていました。
撃沈したけどフントが一番
村上 大島さんはいかがでしたか?
大島私も物理学は挫折組なので…。読んでても単語レベルでしか分からないことがあって、でも知ってる単語とか知ってる現象とかに出会ったときは「あ、これ知ってる」ってテンション上がって。
なんか分かったような気がするときも、「あ、なんかこれ分かったかも」という感じで、脳内物質がちょこっと出るみたいな快感がありました。「もしかしたらこれ分かるんじゃないかな? あれ、分かっちゃったかな?」という軽い気持ちで、楽しく読んでました。
笑う顔のアイコン(笑)
大島 全体の流れで興味がグーッと上がるときと、ガクッて下がっちゃって「あー分かんない」と思うときがあって。
最初小嶋さんがきっかけでお話があって、ずっと楽しく読んでたんですけど、4回転目の中ぐらいでシュレディンガー方程式が出てきたあたりで…「んー」って下り気味になってしまって、5回転に入ってパウリが出てきたときに「あ、分かるかも!」ってちょっと気分が上がってきて、そのまま読み進めていくうちに板倉さんが担当の陽子のスピンのときに、フントの比熱のあたりでもう撃沈しちゃって。
笑う顔のアイコン(笑)
村上 あそこは撃沈するよね。
大島 時間をかけて読んでみればまたちょっと違った階段があると思うので、また7回転8回転くらいを熟読してみようと思ってます。
母上 子供のころ、父からよく言われたの。「読書百遍、意、おのずから通ず。だぞ」と。
私も何回も読むわ。
深堀 大島さんは去年パウリのTシャツ作ったもんね。パウリ大好き。
大島 だけど、似顔絵で一番気に入ってるのはフント。パウリは2位です。3位がボーア。
スタンプ作れますかね。
母上 源ちゃんとシュレ子もよろしくお願いします。


シュレ子
そう言えば、源ちゃん今日は元気ないにゃ〜。
源次郎
わたスピが終わっちゃったニャー…。
母上
源ちゃんね、お腹をなめすぎて毛が抜けちゃったの。で、今はエリザベスカラーをつけてます。
「わたスピ」ロスだったのね。「ネコにストレスなんかあるのかしらね」なんて言っちゃってごめんなさい。
シュレ子
源ちゃん、また次のお題を見つければいいじゃない。
次は「吾輩にAIをわからせて!」なんかどう?

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