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ミュー粒子の動きを捉える目、KALLIOPE

物構研ハイライト
2013年1月24日

物を詳しく見ようとするとき、どうするでしょうか?明るくする?ルーペで拡大する?

物質の構造を詳しく見るには、いろいろな手法がありますが、J-PARCの物質・生命科学実験施設(MLF)では陽子加速器から作りだされたミュー粒子(ミュオン)のビームを利用して観測しています。「より詳しく見たい」という想いが、ミュー粒子の強度をどんどん向上させ、今では世界一にまでなりました。それはまさしく、明るい光源を手に入れたようなもの。しかし、観測するにはこれだけでは不十分です。受け取る側の目も良くなければ、どんなに良い光源を手に入れても、データを得ることはできません。
そこで開発されたのが、検出器「カリオペKALLIOPE(KEK Advanced Linear and Logic board Integrated Optical detector for Positron and Electron)」です。

図1 MLFのDラインに設置されたミュオン分光器(旧検出器)
黒い輪の内側に陽電子検出器がある

ミュー粒子は素粒子の一種で、地球上では毎秒1個の割合で手のひらに降り注いでいる宇宙線に含まれています。私たち人間には、身体を貫通しても何も感じることはできませんが、ミュー粒子と物質との相互作用を利用すれば、物質の情報を引き出すことができます。そのための施設がMLFにあるミュオン実験施設MUSEです。加速器から作られるミュー粒子のスピン(磁石の性質)は全て向きが揃っているので、原子サイズの方位磁針として利用できます。またその寿命は短く、2.2マイクロ秒で陽電子に(負のミュー粒子は電子に)崩壊してしまいます。その時、スピンの向きに陽電子が放出されるので、ミュー粒子が試料に入ってから陽電子が飛んできた方向と時間を捉えると、崩壊した瞬間の「方位磁針」の向きが分かり、試料内の磁場分布を詳しく調べられるのです。このような手法は「ミュオンスピン回転法(μSR)」と呼ばれ、いまや物性・材料研究になくてはならないものになっています。MLFで試料に照射されるミュー粒子の数は1パルスあたり180,000個(300kW)。そして、陽電子検出器は試料の周りをぐるりと囲むように配置されています(図1)。

検出のしくみ

従来の陽電子検出器は、光電子増倍管(PMT)を利用したもので作られていました。円周上に並べられたシンチレーター、128チャンネルが、試料を前後に挟むように計256チャンネル配置されています。シンチレーターに陽電子(電子)が当たると光り、その光は光ファイバーを通って光電子増倍管へ導かれ、ここで光信号から電気信号に変換されます。さらにNuclear Instrumental Modules (NIM)と呼ばれる7-80年代に開発された回路モジュールの規格でアナログ信号からデジタル信号に変換され、Time to Digital Converter (TDC)でナノ秒単位の陽電子飛来時間を計測し、その情報をデータ収集システム(DAQ, Data Acquisition System)で集めて、実験者の手元へデータとして届きます。
実は、従来のシンチレーターの数では、MUSEの大強度パルスミュー粒子から発生する陽電子を捉えきれませんでした。シンチレーターと光電子増倍管を増設すれば改善できますが、光電子増倍管は真空管のため、小さくできず、高価でもありました。また磁場にも弱いため、磁場測定を行う装置から離す必要があり、シンチレーターから光電子増倍管まで光ファイバーで接続していました。そこからイベントデータにするNIMモジュール、TDCまで含めると、かなりの容積と重量があり、接続の多さはエラー発生の原因にもなります。このような理由から、現行モデルでの増強は難しく、高強度を活かした実験を行うためにも、検出器開発は急務でした。

新型検出器、KALLIOPE

大きなモデルチェンジは、光信号を電気信号へ変換する光電子倍増管を光半導体素子のピクセル型なだれ型フォトダイオード(pixel-Avalanche Photo Diode, p-APD)に変えたことです。磁場の影響を受けてしまう光電子増倍管に対し、p-APDは体積比で一万分の一以下と超小型で、磁場の影響もほとんど受けないので、シンチレーターのすぐ真後ろに置くことができます。そのシンチレーターも従来の約半分の1cm3ほどの大きさにでき、光ファイバーはシンチレーターの中に埋め込まれ、p-APDと一体となって全体がコンパクトになりました(図2)。そのおかげで、試料から出てくる陽電子をより効率的に捉えられる、試料近くに配置できました。検出効率を測る値の一つ「立体角(試料を中心とした球面積のカバー率)」は、従来のシンチレーターでは8%でしたが、新型では17%にまで向上しました(図3)。

図2 陽電子検出部の模式図
図3 検出の模式図
円周上に配置されたシンチレーターで試料の前後を挟むように設置されている。シンチレーターに陽電子が当たると光り、検出される。
旧検出器では1周あたり128チャンネル、計256チャンネル。新検出器では、1周あたり192チャンネル、計384チャンネルある。

新型検出器の本当の違いは、アナログ信号をデジタル化し、まとめる情報処理の方法にあります。

図4 アナログ信号のデジタル化

これまで光電子増倍管から送られたアナログ信号のデジタル信号への変換には、NIM回路モジュール規格を使って処理されていました。デジタル化とは、アナログ信号が「ある値を超えた時、1カウントする」という計算処理です(図4)。そして、ミュー粒子が来た時刻を0として「いつ」飛んできたかという時間データと共にイベントデータとして実験者の手元に送られます。

このイベントデータ化までを一つのボードにまとめたのが今回開発したKALLIOPEです。従来は、NIMやTDCモジュールによる容積・重量と発熱のために、エレキハット(回路部屋)という専用の部屋を設け、検出器からコードの束を引き回していたものが、手のひらに載るほどコンパクトになりました(図5)。

図5 従来の検出器と回路モジュールのセット(上)と新型検出器KALLIOPE(下)
従来、赤丸で囲まれた部分が、図1の黒い円周部にあったものの相当品。青と黄で囲まれた部分は専用のエレキハットに設置されていて、光電子増倍管から10mぐらいのケーブル計256本で接続されていた。それぞれの色は、新旧で同様の機能に相当する箇所を示す。

シンチレーターの光はp-APDを経由して増幅、その値を判断してデジタルパルス信号としてはき出します(ASICチップ、図5青丸)。そして、1パルス内に次々と放出される陽電子1個毎に時刻と位置を記録したイベントデータにまとめるのがFPGA(図5黄丸)という頭脳に相当する部分です。FPGAは自由にプログラム(ファームウェア)を書きかえられる集積回路の一種です。光電子増倍管もp-APDも個体差のためにデジタル化する閾値の調整を全チャンネル個々に行う必要があります。NIMモジュールの場合、可変抵抗を手作業で回し、256チャンネルの調整に5人で3日ほどかかりました。ASICの場合、調整プログラムをFPGAに書くことで設定でき、384チャンネルで2時間程度と、調整の手間も大きく効率化しました。さらに、測定試料や条件に合わせて最適な閾値設定に数秒で書き換えることもでき、実験への柔軟性も増しました。
また、処理されたデータをコンピュータまで転送するインターフェースも世界標準の通信規格であるイーサネットを採用したのも大きな違いです。従来はコンピュータに固有のインターフェースを使っていたため、コンピュータの大きなモデルチェンジの度に使えなくなるという致命的不便さがありました。これらを一挙に解決したという点でも、実験の利便性、性能を向上させた革新的な検出器なのです。

図6 Dラインに設置された新型検出器KALLIOPE。緑色のケーブルが接続されているボード6枚が上流と下流に合計12枚設置された。

KEKだからこそ出来た開発

これらが実現できたのは、KEK物質構造科学研究所のミュオン物性グループ、素粒子原子核研究所の先端計測グループと計算科学研究センターによる共同開発の長い歩みがあってのことです。ASICチップの設計は田中真伸氏が、ボードの設計は池野正弘氏、斉藤正俊氏、村上武氏が、FPGAのプログラムコード開発は内田智久氏が、イベントデータを解析し記録するPCのプログラム開発は鈴木聡氏が行ってきました。そしてこれらのバトンを引き継ぎ、ミュオン実験用にまとめ上げたのが物構研の小嶋健児氏、幸田章宏氏、高橋義知氏です。このような研究分野を超えた検出技術交流を一気に加速するため、Open-It(計測装置開発のためのオープンソースコンソーシアム)という枠組みを作って、開発した技術を共有する活動も始まっています。他にも様々なプロジェクトが立ち上がり、目的とする物理が異なる研究者達が集まり、互いに情報や技術を共有し、効率よく開発活動を始めています。現在これらの成果は素粒子原子核実験プロジェクト及び他大学他分野の実験にも活かされています。

このようにして完成したKALLIOPEはMLFのビームラインD1に設置され、2012年11月末から本格稼働しています。従来とは革新的に異なる、新しい目によって、どんな現象が捉えられるのでしょうか?

関連サイト

Open-It
KALLIOPEに関する詳しい情報はこちら
J-PARC 物質・生命科学実験施設
ミュオン科学研究系
物質構造科学研究所

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