物質構造科学研究所の和田 健 特別助教が、高エネルギー加速器科学研究奨励会が授与する平成24年度の西川賞を受賞しました。この賞は、高エネルギー加速器ならびに加速器利用に関る実験装置の研究において、独創性に優れ、かつ論文発表され国際的にも評価の高い業績をあげた研究者・技術者に贈られるものです。今回受賞対象となった研究課題は「KEK低速陽電子ビームの強度増強とその応用」です。
授賞者ら。一列目、左から3番目が和田氏。
写真提供:高エネルギー加速器科学研究奨励会
陽電子は、電子の反粒子で正電荷を持っています。陽電子はイメージングによるがんの診断(PET)など医療分野で既に利用が進んでおり、材料分野でも、半導体や金属内の格子欠陥、合金中のナノ析出物、機能性分離膜や多孔性材料の孔などを調べるのに用いられています。
和田氏は、電子線形加速器で加速した電子ビームから高効率で低速陽電子ビームを得ることに成功しました。高エネルギーの電子ビームをタンタル(Ta)等の重金属(コンバータ)に照射すると、内部で電子・陽電子対生成が起こります。対生成された陽電子は、広いエネルギー分布を持ちますが、タングステン(W)等の薄膜を用いることでエネルギーを揃える(単色化する)ことができます。KEKの低速陽電子実験施設では、単色化した陽電子を任意のエネルギーに加速し、可変エネルギー単色陽電子ビームとして物性研究に用いています。
特に開発されたのは、単色化の要である厚さ25μmのタングステン薄膜による井桁構造2層のモデレータ(図2)です。井桁構造に組み上げた後、電子ビーム溶接器を用いて従来よりも高温でアニール処理するとともに、高圧フローティング電源を導入し、コンバータ、1段目のモデレータ、2段目のモデレータ、引き出しグリッドのそれぞれに相対電圧を印加することで、低速陽電子ビーム強度を従来の10倍以上に向上させました。
この増強された低速陽電子ビームにより、ポジトロニウム負イオンの光脱離及びそれを応用した可変エネルギーポジトロニウムビームの生成の成功につながりました。さらに、高輝度化したビームを用いた物質最表面原子層からのみの明瞭な反射高速陽電子回折(RHEPD)パターン(全反射陽電子回折像)観測も成功させ、低速陽電子ビームを用いた物質科学を切り拓いたことも高く評価されました。
本成果によって、安定して高輝度・高強度の陽電子ビームを得る技術が確立されました。今後、陽電子ビームを用いる物質科学研究が大きく進展すると期待されています。