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ピコ秒時間分解X線溶液散乱法により、分子構造の「対称性の破れ」を検出

物構研トピックス
2013年4月26日

KEK物質構造科学研究所の足立伸一教授、野澤俊介准教授、佐藤篤志研究員らの研究グループは、韓国科学技術大学(KAIST)のイ・ヒョッチョル教授の研究グループとの共同研究により、 溶液中のヨウ化物イオン(I3-)がパルスレーザー光照射により分解する反応に伴う分子構造の変化を100億分の1秒(100ピコ秒)の時間精度で捉えることに成功しました。 その結果、溶媒の極性(電気的偏り)が高くなるにしたがって、溶液中の三ヨウ化物イオンの分子構造の対称性が徐々に破れてゆくことを実験的に初めて明らかにしました。

溶液中の分子はランダムに運動しているため、溶液中の分子構造の微妙な違いを実験的に精密に決定することは困難です。 本研究で用いた三ヨウ化物イオンは、三つのヨウ素原子が横一列に並んだ構造(I-I-I-)を取り、消毒液(ヨードチンキ)に含まれていたり、 ヨウ素デンプン反応で青紫色を示すことでもよく知られています。過去の分光学的な測定から、溶液中の三ヨウ化物イオンの構造は無極性溶媒中と 極性の高い水溶液中では異なっていることが示唆されていましたが、実際にこの分光データの違いがどのような分子構造の違いによるのかは明らかではありませんでした。

研究グループは、三ヨウ化物イオンを、それぞれ極性の異なるアセトニトリル、メタノール、水に溶解してパルスレーザー光を照射し、ヨウ素分子(I2-)と ヨウ素原子(I)に分解する反応前後の構造変化を時間分解X線溶液散乱法によって精密に測定しました。その結果、極性の低いアセトニトリル中では、三ヨウ化物イオンが直線状の対称構造を取っているのに対して、極性の高い水中では、三ヨウ化物イオンが折れ曲がった構造を取り、それぞれの結合長が非対称になって、分子の対称性が破れていることが初めて明らかとなりました(下図)。

溶液中の三ヨウ化物イオン(I3-)の分子構造の決定方法
(a) 三ヨウ化物イオンは真空中や無極性溶媒中では直線状の対称構造を取るが、極性溶媒中では溶媒-溶質分子間の強い静電的相互作用により、折れ曲がった非対称構造を取ることが明らかとなった。
(b) 三ヨウ化物イオン溶液にパルスレーザー光を照射して三ヨウ化物イオンを分解する。レーザー光照射前後のX線溶液散乱の差分信号から、光分解する前の三ヨウ化物イオンの分子構造を精密に決定することができる。

この溶液中の分子構造の違いは、三ヨウ化物イオンと極性溶媒との静電的相互作用によって引き起こされていると考えられ、この推論は理論的解析からも裏付けられました。 このように、溶液系でランダムに配向した分子が、超高速光反応によって構造変化してゆくさまをピコ秒オーダーで追跡し、反応前後で分子構造を精密に決定する測定手法は、 基礎研究のみならず太陽光エネルギーの有効活用を目指した高効率な光触媒反応の開発においても、今後重要になると期待されています。

本研究成果は、JSTの戦略的創造研究推進事業さきがけの支援を受けて行われ、 米国物理学会誌Physical Review Lettersの4月19日号に掲載されました。

Kim et al., Phys. Rev. Lett. 110, 165505 (2013)
Solvent-Dependent Molecular Structure of Ionic Species Directly Measured by Ultrafast X-Ray Solution Scattering


用語解説

  • 時間分解X線溶液散乱法

    溶液試料に短い時間幅のレーザー光を照射すると、短時間で溶液中の分子が光のエネルギーを吸収して変化する。 この瞬間のX線溶液散乱データを短パルスX線により収集する測定手法である。

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