東京大学大学院新学術領域創成科研究科の佐々木裕次教授、およびKEK物構研の足立伸一教授の研究グループは、 変性したタンパク質分子を修復するシャペロニンタンパク質1分子の内部運動をフォトンファクトリーのNW-14Aを利用し、リアルタイムに高精度計測することに成功しました。
シャペロニンの分子内運動
シャペロニンは構造の壊れたタンパク質と直接相互作用し、その折れたたみを促進させるタンパク質です。 複数のサブユニットから構成されるリングを背中合わせに2つ重ね合わせた構造をしています。シャペロニンはATP(アデノシン三リン酸)依存的な構造変化によって機能しますが、 その反応機構は、真核生物の細胞質や古細菌に存在するグループII型シャペロニンにおいては明らかでありませんでした。
研究グループでは、佐々木教授が考案開発したX線1分子追跡法 ( Diffracted X-ray Tracking; DXT)を高度化し、 シャペロニンの分子内運動を一分子でピコメートルオーダーの高精度(原子の大きさの1/100程度)且つリアルタイムでの観察に成功しました。
その結果、8量体のリング構造が二つ重なったシリンダ構造をしたシャペロニンは、ATPと結合した後にリング内の一部が構造変化し、 リング全体で同期した反時計方向へのドミノ倒しに似たねじれ運動を伴って、開状態から閉状態へ移行することがわかりました。 シャペロニンリング内およびリング間の協同性を論じる上で、1分子内部の運動を明確化することは極めて重要で、 生物系で一番重要と言われるアロステリック効果*1が、究極的な精度で定量的に初めて議論できることになります。
分子生物学では、これまで分子の静止画として何枚も撮影して、一連の運動を予測していましたが、 実時間観測により、分子内部運動にどのような協同性があるかを定量的に議論できるようになりました。 また、今回計測した分子内部運動という新しい物性を高速高精度計測することで、 今後、創薬の戦略指針や分子間相互作用の考え方が全く違ったモノになる可能性もあります。例えば、鍵と鍵穴のような創薬だけでなく、 機能発現に必須な分子運動のみを阻害する「分子内運動阻害分子」の設計が重要になるでしょう。この新規創薬分子が機能依存であるほど、薬剤による副作用効果激減への新しい戦略になると考えられます。
本研究成果は、米国の学術雑誌PLOS ONEに掲載されました。
>>東京大学プレスリリース
>>PLOS ONE(10.1371/journal.pone.0064176)
"ATP dependent rotational motion of group II chaperonin observed by X-ray single molecule tracking"
タンパク質分子とそのリガンドである化合物が一対多の複合体を形成する際に、前の段階の複合体形成によって次以降の複合体形成反応が促進・抑制されるドミノ倒しに似た現象。 分子の協同性という言い方もする。