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光合成のしくみ

物構研ハイライト
2014年8月20日

地球上の生命体がなす最も重要な化学反応ともいえる「光合成」。言うまでもなく、我々動物は植物が作り出す酸素無しには生存できない。また光合成によって作られた有機物を食糧として摂取し、燃料としても利用している。光合成は、全ての生き物を生かす源となっているのだ。

こんなにも重要で広く知られている光合成であるが、その仕組みは未だに解明されていない。

光合成とは

米国イエローストーン国立公園

太陽光などの光を吸収して、水と二酸化炭素からデンプンなど糖類と酸素を合成する、換言すると光エネルギーを化学エネルギーに変換する反応を光合成という。植物や樹木、藻類やバクテリアに至るまで、全ての光合成は同じしくみで行われている。調べられたのは米国イエローストーン国立公園の温泉に生息する紅色光合成細菌。約50度で生育する好熱細菌の一種である。最も原始的な生物の一種である光合成細菌は、光合成の基本要素のみを持っているとされ、研究対象に多用されてきた。

光合成研究の歴史は長く、反応自体は18世紀末には解明されていた。その後、反応のしくみが世界中で研究され始め、1988年には反応中心と呼ばれるエネルギー変換反応の中枢を担うタンパク質の構造解明によってノーベル賞が独国のヨハン・ダイゼンホーファー博士ら3名に授与された。この時、ミュンヘンのマックスプランク生化学研究所で研究員として彼らの元で研究していたのが、京都大学大学院理学研究科の三木 邦夫 教授。今回、この反応中心も含んだ光合成タンパク質の全容を原子レベルの高分解能で解明した。

構造から分かること

光合成タンパク質では、一体何が起きているのか。

驚くことに、光合成タンパク質は光を高効率で集めるためのパラボラアンテナのような形状をしている。光を吸収するクロロフィルを持った集光アンテナタンパク質(LH1)が円形に並びパラボラの傘の部分を形成、その中央には反応中心タンパク質(RC)が位置している。今や通信、天文分野で欠かせないパラボラアンテナの形状は、植物の中で何億年も前から利用されていたのだ。

三木教授らの解明によって、これまでぼんやりと円形だと考えられていたLH1の環はRCに添うような楕円形となっていたことが分かった(図1)。光合成に重要なクロロフィルに注目すると、楕円上にあるクロロフィルと中心にあるクロロフィルは同じ高さに並んでいた(図1左)。中でもRCと最も近い距離にあるLH1のクロロフィルはRCのクロロフィルと並行になっており(図1中央の1,8)、光エネルギーを反応中心へ伝達するのに重要である可能性が示された。

図1 光合成タンパク質の構造
(左)LH1-RC の分子構造。中心にある RC (ピンク色) の周りをLH1(緑色) が 取り囲んでいる。(中央)これを上から見た配置(右)クロロフィルの配置 。 光は中心にある RC のクロロフィルに集められる 。(画像提供:京都大学大学院 三木邦夫)

そしてLH1の環には隙間があることも分かった(図2)。これはRCで光によって還元されたユビキノンが光合成タンパク質の外へ出ていくための通り道と考えられる。還元型ユビキノンは電子とプロトン(H+)を運ぶカプセルのようなもので、タンパク質が浮かぶ細胞膜の海を渡り、細胞膜の内外にH+の濃度差を作り、最終的にATPを作り出すタンパク質を働かせる駆動力になる。そのためには、還元型ユビキノンが光合成タンパク質の外へ出て行く必要がある。

図2 LH1の環に発見された隙間と、予想される通り道
右図の灰色で塗られた部分は親水性、塗られていない部分は疎水性を示す。構造的な隙間に加え、疎水性の還元型ユビキノンにとって通りやすいことが分かる。(画像提供:京都大学大学院 三木邦夫)

また光合成細菌の中で、この好熱細菌が特徴的にもつカルシウムについても調べた。LH1にあるカルシウムは、LH1の骨格となる二本のらせん状の柱(へリックス)の間にあり、柱を繋ぎとめる安定剤の役割をしていることが分かった(図3)。これによって、高温になってもタンパク質がバラバラになることなく、耐熱性を保持していると考えられる。

図3 LH1中にあるカルシウム原子(黒色)
ピンク色で描かれた円がへリックスαとβ。これらをカルシウムが強固に結びつけている。(画像提供:京都大学大学院 三木邦夫)

通常カルシウムなどの金属原子をX線で見ると、電子の塊となって見えるため、マグネシウムなど生体中にある他の金属原子と区別して種類を特定することは難しい。

そこでこの測定では、元素固有のエネルギー吸収を利用した、ゆるぎなくカルシウムと断定できる画期的な手法を用いた。各元素には固有のエネルギーを吸収する性質があり、エネルギーを変えながら測定すると、ある値でスペクトルが不連続になる。元素が特定のエネルギーを吸収する、いわば元素固有の歯型だ。この値を前後して構造を見比べると、カルシウムの位置がくっきりと浮かび上がる(図4)。

図4 3.0Å前後で撮影した光合成タンパク質の構造
右図はカルシウムがX線を吸収しているため、見えないが、左図はカルシウムでX線が散乱される(緑)ため、両者からカルシウムの位置が特定できる。(画像提供:京都大学大学院 三木邦夫)

世界で唯一の実験ステーション

これほど明確にカルシウムの位置を決めた例は珍しく、このような実験を効率的に行えるのは、世界でもフォトンファクトリーBL-1Aに設置されたタンパク質結晶構造解析ステーションだけ。何故なら、カルシウムを検出するX線波長3.0Å近傍は、空気や水、生体分子そのもので散乱、吸収されて検出器まで到達するX線が極度に弱くなってしまい、一般的なタンパク質結晶構造解析ステーションでは強度データを精度よく測定することが出来ないからだ。BL-1Aは、3.0Å近傍の高輝度のX線を利用でき、かつエネルギーを自由に変えられるために、カルシウムの位置決定には好都合であった。加えて試料台から検出器までを、ヘリウムガスの部屋で囲うことで、X線が検出器まで十分到達するようにした。

このヘリウムチャンバー方式は、元来、硫黄の位置を決めるために考案されたもの。硫黄は生体構成分子の主要材料であるが、カルシウムと同様、直接見分けることが難しい。従来、セレンを大腸菌に食べさせることで硫黄をセレンに置き換えたタンパク質を作り、構造を決めていた。だが、求めるタンパク質が高等になると大腸菌では作れなくなり、酵母で作ったり、実際の細胞からタンパク質を抽出し利用する事例が増えてくる。セレンは猛毒のため、酵母や細胞ではセレン置換のタンパク質を得ることは出来ず、硫黄を直接見るための技術が求められていた。海外の放射光施設では真空にして測定しようとするアイディアもある中、フォトンファクトリーは先駆的にこの実験ステーションを立ち上げた(図5)。

図5 フォトンファクトリーBL-1Aとそのメンバー 左から、松垣 直宏 准教授、平木 雅彦 准教授、山田 悠介 助教、富田 文菜 助教。透明なケースの内部に測定装置がある。

「構造決定には、とにかく良質の結晶を作ることです。」と語る三木教授。結晶を得るのに10年以上を要したと言う。結晶さえできれば構造解明はできたようなもの、と言われるほど確立した手法だが、巨大複合体に固有な問題もあり、データ解析でも慎重に補正を施すことで、ようやく目的の分解能を達成した。良質な結晶、明確なデータを得るための技術開発、慎重なデータ解析、これらが結実した構造と言えよう。

研究生活を共に歩んできたテーマである光合成タンパク質。三木教授は、およそ30年を振り返り次のように語る。「研究を始めたばかりのころは、結晶が出来ても構造を決めるだけで何年もかかりました。90年代に入り、放射光が使いやすくなってからは、構造の研究が一気に進みました。」そして光合成タンパク質の全体像を解明したことについては、「生命現象の本当の姿はできるだけ全体像を見ることです。LH1単体、RC単体では分からなかったことが、全体で分かるようになりました。究極的には、細胞の全体像として見ることです。これは是非今の若い人たちに挑戦してもらいたいですね。」と語った。

関連サイト

物質構造科学研究所
放射光科学研究施設フォトンファクトリー
構造生物学研究センター
京都大学大学院 生物構造化学研究室(三木研究室)

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