光を利用して物質の性質を変えたり、電子の動きを自在に制御する技術は、高速で作動する光スイッチの実現につながる技術として注目されています。光のエネルギーは、電子の数や運動エネルギーを増やす方向に変換されるため、物質の電気伝導度は増加する、つまり電気が流れやすくなるのが一般的です。これはスイッチで言うと、オフからオンに相当しますが、逆の過程の「オンからオフ」を光で実現できれば、双方向に作動する光スイッチとして、使い道は飛躍的に増大します。物構研の深谷亮特任助教は、前職の東京工業大学大学院理工学研究科に産学官連携研究員として在職中に、高速光スイッチとして働く銅酸化物超伝導体の双方向動作に成功し、成果を10月20日発行の英国科学誌 Nature Communications オンライン版に発表しました。これは東京工業大学、東北大学などの共同研究です。
研究グループが使った光スイッチ物質は、ストロンチウム・カルシウム・銅から成る酸化物の結晶です。絶縁体状態の結晶にレーザーを照射して、金属状態に変化させることにはすでに成功していました(図(a)1)。今回は、この物質の金属状態の結晶に0.1ピコ秒(10兆分の1秒)のパルスレーザー光を照射し、絶縁体の状態へ変化させることに成功しました(図(a)2)。
なぜ、逆方向に働くスイッチが同じ「光照射」で実現できるのでしょうか? 高温超伝導を示すこの物質は、CuO2のユニットが梯子状に連なった構造を持っています。この物質の金属状態は、電気伝導を担うホール(正孔)がペアを組んだ状態で、結晶中を、位相を揃えて動いていると推測されています(図(c))。この周期的な波のような性質が、高温超伝導発現の鍵を握っていると考えられています。研究グループは、ホールペアが周期的な性質を持つ金属状態に光を照射すると、さらにホールが生成されることにより周期的な性質が乱され、電気が流れにくくなると考えました(図(b))。この物質の梯子状構造を仮定した新しいモデルを構築して理論計算を行なったところ、実験結果と同様、伝導性が抑制されることを見出しました。
さらに、光のパルスを同一試料に2回照射し、双方向スイッチングができるかどうか試みたところ、最初のパルスで絶縁体から金属に(図(a)1)、1ピコ秒(1兆分の1秒)後の2つめの光パルスで絶縁体に(図(a)3)変化することを確認することができました。さらに、この双方向スイッチングは、低温から室温にわたる広い温度領域で作動することも確かめられ、室温で作動する高速双方向光スイッチとしての応用が期待されます。
深谷氏は、2014年度より物構研に移り、フォトンファクトリーでのピコ秒オーダーの時間分解X線・軟X線実験により、高速光スイッチとして働く物質の動作原理を、その構造や電子状態から解明する研究にチャレンジしています。また、X線自由電子レーザーSACLAを用いた、フェムト秒オーダーの時間分解X線実験にも参加しています。
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論文情報
Title: "Ultrafast electronic state conversion at room temperature utilizing hidden state in cuprate ladder system" [ doi:10.1038/ncomms9519 ]
Authors:R. Fukaya, Y. Okimoto, M. Kunitomo, K. Onda, T. Ishikawa, S. Koshihara, H. Hashimoto, S. Ishihara, A. Isayama, H. Yui & T. Sasagawa