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KEK

タンパク質結晶の改善技術

物構研トピックス
2016年3月 9日

KEK物構研の千田美紀特任助教と千田俊哉教授の研究グループは、東京大学の林剛瑠助教と畠山昌則教授、産業技術総合研究所の竹内恒主任研究員、シンシナティー大学の佐々木敦朗准教授との共同研究により、タンパク質結晶の性質を大きく改善し、良質な回折強度データを収集するための新しい手法を開発することに成功しました。タンパク質結晶からのX線回折強度データの収集には、フォトンファクトリーのタンパク質結晶構造解析ビームラインが用いられました。

タンパク質の立体構造は、目的のタンパク質を結晶化させたものにX線を照射し、得られた回折データを解析することで解明されます。これらは、タンパク質の大量合成、精製、結晶化、測定、解析といくつかのステップに分けられますが、その中で最も困難なのが結晶化です。結晶化そのものが困難な上、微小な結晶しかできなかったり、結晶になっても崩れやすかったり、X線で調べると回折点が不十分な場合もあります。今回開発した技術は、そうした質の悪い結晶を改善し、高分解能な回折データを得られる結晶に変える手法です。

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図1 結晶の改善による回折パターン比較と解明されたCagAの立体構造
回折によって現れる斑点(回折点)が多く、広範囲に出現するほど得られる情報量が多く、分解能も上がる。改善後の回折パターンでは、回折点が端の方まで現れているのが確認できる。

タンパク質結晶構造解析の実験では、X線照射による損傷を軽減するために窒素の冷気(約-180℃)で冷やしながら測定する手法がよく用いられています。この時、何も処理せずにタンパク質結晶を冷やすと結晶の大部分を占める水が氷となって結晶を破壊してしまいます。そのため、事前に抗凍結剤と呼ばれる試薬に結晶を浸すことが必要になります。試薬は20種類以上ありますが、タンパク質の種類によって相性があり、各々のタンパク質結晶に適したものを選び出す必要があります。これまで経験から、抗凍結剤は単に氷の形成を防ぐだけではなく、タンパク質分子と相互作用することで結晶中でのタンパク質分子の並び方を少し変化させることが分かっていました。研究グループは、この抗凍結剤の作用に注目し、結晶の性質を改善させるという発想に至りました。

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図2 CagAの結晶

一つ目の事例は、胃がんを引き起こすピロリ菌由来の発がんタンパク質CagAです。最も一般的な抗凍結剤であるグリセロールを用いた場合には最大でも7 A分解能の回折データしか生じませんでした。そこで、約20種類の抗凍結剤候補から相性の良いものを選び、トレハロースまたはエリスリトールを単独で用いると、確率は低いものの3.5 A分解能を超える回折を生じる事を発見しました。更に、それらを組み合わせて用いると3.5 A分解能を超える結晶が出る確率が上がることがわかりました。また、この結晶の抗凍結剤のスクリーニングをする過程で、3分以上結晶を浸けるとダメージが生じ回折点が全く生じなくなる抗凍結剤が多い中、トレハロースだけには長く浸けられることを発見しました。そこで、相性の良い抗凍結剤2つを組み合わせるため、唯一長く浸けられるトレハロースを、一段階目に浸けてから二段階目にエリスリトールを加えることにしました。その結果、エリスリトール単独では結晶にヒビが入りやすかったのに対して、2段階処理では3分以上浸けても分解能が低下しなくなった上、結晶にヒビが入りにくくなりました。トレハロースに浸けることで結晶の強度が上がったと考えられます。そこで、トレハロースに浸けた結晶を多数用意し、2段階目に用いる抗凍結剤のスクリーニングを行いました。その結果、驚いたことに、単独では効果の無かった試薬でもトレハロース後の2段階目の試薬として用いると、良い結晶の出る歩合が劇的に向上することが分かりました。「多段階ソーキング法」と名付けたこの方法により、結晶からのデータ収集のスピードアップを図ることができ、CagAの結晶構造を世界に先駆けて決定することに成功しました。

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図3 多段階ソーキング法の模式図

二例目は、がん化を司るGTPセンサー PI5P4Kβです。この研究は、 PI5P4KβがGTPセンサーであることを証明することを目的としていたため、GTP類似体とATP類似体の結合様式の違いを判別できる2.5 A以上の分解能のデータが必要でした。PI5P4Kβ結晶はグリセロールを用いた場合には、数秒浸けただけで結晶にヒビが入り、4 A分解能のデータしか得られませんでした。そこで、CagAの経験を活かして抗凍結剤のスクリーニングを行ったところ、エチレングリコールとポリビニルピロリドン(PVP)を単独で用いた場合に、3 A分解能以上のデータが収集できるようになりました。しかし、CagA結晶の場合と同様に良い結晶の出る割合が低いことと、分解能の改善が望めないことが問題でした。そこで、PVPとエチレングリコールを二段階で組み合わせたところ、多くの結晶で2.5 A 分解能以上のデータが収集できるようになりました。その結果、PI5P4Kβ-GTP複合体の原子レベルでの構造が明らかになり、PI5P4KβがGTPセンサーとして働くことを証明できました。

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図4 PI5P4Kβ結晶の改善による回折パターン比較と解明されたPI5P4Kβの立体構造

このように、複数の事例で結晶の質が改善され立体構造の決定に至ったことが、手法として認められました。結晶の質が悪く構造情報を得ることが難しいと考えられる場合に、残念ながら結晶の性質を改善するための決まり切った手順はありません。しかし、経験に基づいて一定の判断基準を設定することで迅速に結晶の質を改善していくことが可能になると考えられます。

この研究結果は、アメリカ化学会のCrystal Growth & Design誌の3月号に掲載されました。

論文情報
Senda, M., Hayashi, T., Hatakeyama, M., Takeuchi, K., Sasaki, A., Senda, T. ”Use of multiple cryoprotectants to improve diffraction quality from protein crystals.” Crystal Growth & Design.(2016) 16, 1565-1571.
DOI: 10.1021/acs.cgd.5b01692


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