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物構研 4つのプローブの歴史 放射光編

物構研ハイライト
2020年9月 3日

フォトンファクトリー

1970年代の初め、X線を利用する研究者の間で、日本に放射光の専用施設を建設すべきだという意見がまとまりました。海外のメソンファクトリーからヒントを得て、1972年には既にフォトンファクトリー(光の工場)の愛称で呼ばれていたそうです。1974年に日本学術会議が「放射光総合研究所」の設立を勧告し、構想は実現に向けて動き出しました。
フォトンファクトリー(PF)は日本初のX線領域の光まで発生する放射光施設として1978年度に着工、入射器として直線加速器(リニアック)と楕円形の光源棟および実験ホールが建設されました。当初、実験ホールは現在の半分の大きさしかなく半月型でしたが、その後まもなく増築工事が行われ、現在の形の建物になりました。1982(昭和57)年3月に初めて放射光取り出しに成功、放射光共同利用実験が開始されました。

半月のかたちで完成したフォトンファクトリー(1981年)
フォトンファクトリーでとられた初めてのX線回折データ(1982年3月18日)

放射光とは、超高速の電子が進路を変えるときに接線方向に放出する強力な光です。PFの光源リングには1988年から6年間、電子ではなくその反粒子である陽電子が回っていました。当時の環境では陽電子の方が減衰しにくかったためですが、真空技術の進歩に伴い再び電子が使われるようになりました。

フォトンファクトリーアドバンストリング

KEKでは1980年代の中ごろから高エネルギー物理学実験用の加速器「トリスタン」の建設が進められていました。トリスタンの前段加速器ARの電子エネルギーはPFリングよりも高く、よりエネルギーの高いX線が出せることから、その一部を利用するための実験ホールNE棟も併せて建設されました。1987年からビームラインの建設が開始され、1991年に放射光共同利用が開始されました。
1995年にトリスタン実験が終了した後、ARは大強度パルス放射光源として専用化され、フォトンファクトリーアドバンストリングPF-ARに生まれ変わりました。

NW棟を増築中のPF-AR(2001年)

真空封止型アンジュレーターの誕生

現在のフォトンファクトリーの挿入光源ビームライン
高エネルギー化のためにはウィグラーを、高輝度化にはアンジュレーターを用いる

上の図の赤い太線は、リニアックから届き光源リングを回る電子の通り道を示しますが、電子が描く楕円形の接線方向にビームラインが出ているのが分かります。この楕円のかたちは、PFならではの進化をもたらしました。電子を曲げるための電磁石の間隔が長い直線部分には、より高性能の放射光を生み出すための装置(挿入光源)を組み込むことができます。PFでは早期から挿入光源の開発が行われたことで、後続の放射光施設と同様の性能を出せる施設であり続けたのです。
挿入光源の代表格、アンジュレーターの模式図を以下に示します。周期的な磁場の中を通過すると電子はローレンツ力により蛇行します。アンジュレータ―は、その蛇行によって出た放射光が干渉によって強め合うことを利用しています。

それまでは電子の通る真空パイプの外から磁場をかけるアンジュレーターが一般的でしたが、電子軌道上に高い磁場をかけることは困難でした。よりエネルギーの高いX線を出すためには、電子のエネルギーを高くするか、電子をより短い周期で蛇行させる必要があります。電子のエネルギーを高くするには巨大な施設が必要になるので、PFでは後者を選びました。1988年ころアンジュレーターの磁石列ごと真空パイプの中に入れてしまうことで短い周期を実現する「真空封止型アンジュレーター」の開発が始まりました。1990年に世界最初の真空封止型アンジュレーターが完成し、初号機はPF-ARに設置されました。また、後に建設された大型放射光施設SPring-8でも広く採用されました。さらにこの技術はその後の放射光施設の設計をコンパクトで省エネなものに変え、建設や運用の敷居を下げたことで、世界中で放射光施設が建設される時代の訪れに寄与しました。

PF AR-NE3Aに設置された世界初の真空封止型 アンジュレーターの内部のようす(禁無断転載)
磁石列の隙間はわずか1 cmまで狭めることができる

ユーザーとともに歩むフォトンファクトリー

2009年のノーベル化学賞は、巨大なタンパク質・RNA複合体であるリボソームの構造機能解析を行った3氏に贈られましたが、その一人にイスラエルのアダ・ヨナット(Ada Yonath)KEK特別栄誉教授がいます。PFでは1985年から構造生物学研究に取り組んでいますが、彼女はそのごく初期のユーザーです。リボソームの構造解析に必要な精製、結晶化に長年取り組み、1987年から10年近くの間、何度もPFを訪れ研究を続けました。自らタンパク質結晶の放射線損傷を制御するための技術開発を行うとともに、PFで独自に開発されたX線回折写真法の性能を海外のユーザーに伝えたと言われています。
PFではいまも、大型施設の利用機会を提供するだけでなく、ユーザーのニーズに沿った手法や装置開発を伴う研究を大切にしています。開発された技術は国内外の放射光施設で多くの研究成果創出に貢献しています。

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