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物構研 4つのプローブの歴史 低速陽電子編

物構研ハイライト
2020年9月 4日

電子加速器で高強度低速陽電子ビームを

陽電子(e+)は電子の反粒子で、両者が出会うと消えて(対消滅)、質量のエネルギーがγ線に変わります。ところがその逆もあって、高エネルギーの電子をコンバーター(重金属)に当てると、重金属の原子核の電荷によって電子が進路を曲げられ制動放射X線が発生し、そのX線のエネルギーによって質量をもった電子と陽電子が対生成します。

*対消滅と対生成について詳しく知りたい方は、KEKキッズサイエンティスト やさしい物理教室 粒子と反粒子 をご参照ください。

KEKでは1980年代後半に電子リニアック(線形加速器)の電子ビームから強力な陽電子ビームを作る技術を確立し、トリスタンの蓄積リングARやPF放射光リングに入射していました。
生成したばかりの陽電子はエネルギーにばらつきがありますが、モデレーターでエネルギーを揃えた陽電子は「低速陽電子」と呼ばれ、物性研究に有用なプローブであることは以前から知られていました。従来の低速陽電子は22Naなどの人工的な放射性同位体がβ崩壊*するときに出る陽電子から作るもので、強度が不十分でした。PF入射器研究系(現在の加速器研究施設 第5研究系)では1992年から電子・陽電子入射器棟のリニアック北端に、新たなコンバーターによる低速陽電子源とビームラインの建設を進め、1994(平成6)年に完成して共同利用が始まりました。
実験施設はその後移転して、現在は同じ電子・陽電子入射器棟の南端に、専用の電子リニアックとビームラインを持つ低速陽電子実験施設(SPF)があります。

*β崩壊:原子核に対して1つの電子または陽電子が出入りし、原子番号が1だけ増減するような放射性崩壊

ポジトロニウム飛行時間実験装置
Photon Factory News Vol. 15 No. 1, 1997 表紙より
低速陽電子源のイラスト
PF低速陽電子源建設報告Ⅰ KEK Report 93-13 1993 より

究極の原子配列解析装置

2010年、モデレーターの改造で低速陽電子ビームが10倍に増強したことにより、物構研の低速陽電子研究が飛躍的に進歩します。KEKでは、加速器と陽電子、そして表面科学の研究者が協調して研究を進めることができるため、世界に先んじた装置開発が可能でした。特に、全反射高速陽電子回折法TRHEPDは世界初の究極の表面構造解析手法と呼ばれています。この手法により、固体触媒表面やグラフェンなど単原子分子層状化合物最表面の原子配列が解明されています。

現在の低速陽電子実験施設ビームライン図

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