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PFユーザーの東京大学などの研究グループ、四極子による磁気異方性のメカニズムを解明

物構研トピックス
2020年6月16日

東京大学大学院理学系研究科の 岡林 潤 准教授、東北大学材料科学高等研究所の水上 成美 教授らの研究グループは、マンガン(Mn)とガリウム(Ga)の合金の薄膜において、膜に垂直方向に磁化が揃うメカニズムを解明しました。
研究グループは、KEKの放射光実験施設 フォトンファクトリー内の、東京大学大学院理学系研究科スペクトル化学研究センターによって運営されている実験ステーション BL-7AおよびアンジュレータビームラインBL-16Aにて、X線磁気分光*測定を行うことにより、MnとGaの電子軌道の形状を明確に観測しました。

*X線磁気分光:X線磁気円二色性(XMCD:X-ray Magnetic Circular Dichroism)とX線磁気線二色性(XMLD:X-ray Magnetic Linear Dichroism)の総称。
放射光を用いることで左周り、右周りにねじれた円偏光や縦横どちらかに揃って直線偏光を作り出すことができる。これを試料に照射し、元素の内殻から遷移する吸収スペクトルを測定する。左右円偏光による各元素の吸収強度の違いがXMCD、直線偏光を用いた場合がXMLDである。これにより、元素別の磁気状態、電荷分布状態について知ることができる。

電子のスピン自由度を活用した技術はスピントロニクスと呼ばれ、ハードディスクや低電力不揮発性磁気抵抗ランダムアクセスメモリを始めとして広く実用化されています。 さらなる進展を目指し、現在も人工知能技術への応用など多数の研究が行われています。
スピントロニクスの主役となるのは強磁性体ですが、近年では、原子の磁気モーメントが反対向きに交互に並んだ反強磁性体やフェリ磁性体も注目されており、その一つがMnGa合金(フェリ磁性体)です。Mnの磁気モーメントが反平行に並び、極めて大きな垂直磁気異方性を有しているため、スピントロニクス応用が検討されています。しかし、この物質がなぜこのような性質を有するかは今まで明確ではありませんでした。

マンガンガリウム合金の結晶構造(L10型)
マンガン原子(青色)とガリウム原子(オレンジ色)が交互に積層された構造をとる。
また、マンガン原子(青色)の形状が球状から楕円体状(葉巻型)に変形している様子を示す。

研究グループは、MnとGaの組成比の異なる試料のX線磁気分光スペクトルの解析を行うことにより、2種類のサイトの情報をそれぞれ分離して調べることに成功しました。強磁性体の研究によく用いられる放射光円偏光を用いた磁気円二色性(XMCD)は、反強磁性体やフェリ磁性体ではシグナルが消失するため、直線偏光を用いた磁気線二色性(XMLD)も用いることで、膜垂直方向の電子軌道の分布を調べました。

マンガンガリウム磁石の円偏光吸収スペクトルとXMCD(左)、直線偏光吸収スペクトルとXMLD(右)
これらのスペクトル解析から四極子の寄与を定量評価できる。

その解析の結果、MnGa合金においては、磁気異方性が生じる起源は、電子軌道の異方性により形成される四極子*の効果であったことが分かりました。鉄やコバルトでは磁気異方性は磁性原子の軌道角運動量の効果と言われていますが、実験結果は、第一原理に基づく理論計算*とも一致しています。
この研究成果は、今後のスピントロニクスデバイス設計に向けた電子状態の理解に指針を与えるものとなり、省電力で高記録密度な磁気デバイスの開発に繋がることが期待されます。

*四極子:球状の電荷分布ではプラスとマイナスの電荷がセットとなってつりあっているが、楕円体状にゆがむことで、プラスとマイナスの電荷分布が変わりうる。その際には、2組のプラスマイナスの電荷、合計4つの電荷が葉巻型もしくは饅頭型にゆがむことで安定化したものを電気四極子という。

*第一原理計算:物質を構成する基本粒子である原子核と電子の運動、及びその間に働く相互作用のみを入力パラメータとして物質の性質を探る物理計算手法。実験とは独立して近似の範囲内では非常に高精度に、物質の物性を計算することができる。


詳しくは… 東京大学 大学院理学系研究科のプレスリリース:磁気異方性における四極子の役割を解明:マンガン合金の磁気デバイス応用への鍵

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