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超分子ナノ(メゾ)サイエンスと量子ビーム

物構研ハイライト
2021年11月18日

途方もなく小さいナノの世界

「ナノ」という言葉は、最近では小さいという意味でも使われるようになリました。ナノは国際単位系(SI)のさまざまな単位の前につける言葉(接頭辞)のひとつで、10-9を意味し、記号はnです。1 nmは1 mの10億分の1の長さです。原子1個の大きさはおよそ0.1 nmですから、nmは原子や分子が集まった状態の大きさを表すのに適しています。

物質も生命も原子や分子がたくさん集まってできています。例えば、生物の体は多くのナノサイズの分子から構成されていて、それらがはたらくことで複雑な生命活動が維持されています。そんな自然界についてよく知るために、極小スケールの科学(ナノサイエンス)が進歩し、その結果、より小さく便利なものを作る技術(ナノテクノロジー)が発達しました。

夢の素材

ナノテクノロジーを利用すると、デバイスの「小型・軽量化」だけでなく、それまで存在しなかった新素材を作ることができます。小さな周期的な加工を施すことで画期的な機能を生み出すと言われるフォトニック結晶*やメタマテリアル*などの新素材もその例です。しかし、素材の塊にナノサイズの加工を施すのは技術的にかなり難しいことです。

*フォトニック結晶:素材の中に屈折率が異なる物質を光の周期と同じぐらいのサイズで並べたもの。光の進行を自在に制御できる。
*メタマテリアル:自然界ではあり得ない負の屈折率を持つ材料。ナノサイズでコイルの形状を作り、それらを周期的に配置させたもの。

彫刻のように掘り出すのが難しければ、ブロックのように組み立てることはできないか。逆転の発想による新しいものづくりが始まっています。
誰も指示しなくても勝手に分子や原子が集まって秩序立った構造を作る自己組織化という現象があります。生物もタンパク質などを材料にした自己組織化を行っているといえます。
千葉大学大学院工学研究科の矢貝 史樹 教授を中心とした研究グループは、自己組織化による超分子でナノ部品を作る研究に取り組んでいます。超分子とは、原子同士が強力な共有結合*で連結するのではなく、水素結合*やファンデルワールス力*のような比較的弱い引力で繋がっている状態を指します。矢貝教授の研究グループは炭素原子(C)6個が環状に結びついた平面状の分子(ベンゼン環)が弱い引力によって連結し、コインを積み上げたように積層する現象に着目しています。これまでに、光の制御で自ららせん状に巻き上がる超分子ポリマーや、らせん構造がほどけるナノ線維などを開発しました。分解しやすいポリマーなどの開発の糸口となる研究として期待されています。

○超分子の例:シャボン玉・細胞膜・DNA・タンパク質・液晶などなど…

わずかに異なる赤と緑の 2 種類の分子を混ぜると分子の小さな集まり(ユニット:直径はおよそ 7 nm)ができ、さらにそれが積層していきます。赤と緑とのわずかな違いによって積み重なった最終形はらせん(直径は20 ~30 nm)になります。
2020.03.31 千葉大学 KEK プレスリリース「混ぜると自ら伸びる超分子ポリマーの開発に成功 新しい材料設計に期待

*共有結合:原子同士が電子を共有して結びつく結合
*水素結合:負に帯電しやすい原子と正に帯電しやすい水素の間にはたらく静電的引力による結合
*ファンデルワールス力:分子間にはたらく弱い引力

ナノサイズの基本単位構造(ユニット)が集合することで、ある決まったかたちの超分子が自然に形成され階層的な構造を作ります。ユニットのかたちによって、らせんになったり星形になったり、最終形が異なるので、組み上がりを想定して初めのユニットをデザインします。決まったかたちに集合した超分子ポリマーは、超分子間の弱い相互作用(この場合は引力)により、さらに幾何学的(トポロジカル)に連結したり絡みあったりして、複合的に集合した「トポロジカル超分子ポリマー」を構築します。さらに光などで超分子ポリマーの形態を変化させることもできます。

小さい分子が集まってスケールが大きく異なる超分子に成長するので、ナノからメゾ(ナノとマイクロの中間)、マイクロ(μは10-6を表す接頭辞)にわたる幅広い空間スケールでの階層構造状態を理解する必要があります。

ナノ・メゾを観察する方法

ナノサイズ・メゾサイズの試料を見る道具として透過型電子顕微鏡などがありますが、多くの場合、観察の前に試料を凍結したり染色するなどの処理を行います。一方、X線や中性子などの量子ビームを利用した散乱法は試料をそのまま測定できます。

散乱とは、物質にビームを当てたときにビームが曲がることを指します。散乱法では、どのくらいの角度に曲がったビームがどのくらい強く観察されるか調べ、試料に含まれる構造を読み解きます。数nmから100 nm程度のまさにナノサイズ・メゾサイズの情報を得るのが得意な実験手法です。

わずかな違いを読みとるため、ビームを細く絞ったり、信号に対するノイズを減らす必要があり、加速器を用いた強力な量子ビームが活用されます。物構研のフォトンファクトリー(PF)やJ-PARC の物質・生命科学実験施設(MLF)には小角散乱ビームラインが設置されていて、国内外の研究者・技術者がナノ構造体の評価など様々な研究を行っています。

PF BL-10C X線小角散乱ステーションで装置のセットアップをする PF 高木 秀彰 助教

~フォトンファクトリーでの観察のようす~

千葉大学の矢貝研究室のメンバーもPF小角散乱ビームラインのユーザーです。それぞれがデザインした新しい超分子を試すため、PF実験ホールの中の BL-10C用作業スペースに実験装置を持ち込みます。超分子を作って観察する一連の作業を実験ホール内で行います。
ビームラインを訪ねた日は大学院生3名が実験を行っていて「条件によって分子が勝手に丸まって輪っかができたり、その輪っかが繋がったりしておもしろいですよ」と小さな容器で行う反応実験の様子を見せてくれました。つい覗き込んでしまいますが、当然ながらナノサイズの輪っかは見えません。 超分子の様子を確認するため、できたての超分子試料を小角散乱の実験装置内に置き、X線を当てる操作をします。その後はコンピュータ上での作業です。そこには加速器を使わなければ見ることができないナノサイエンスの世界に没頭する若き研究者たちの姿がありました。

関連ページ:千葉大学 分子集合体化学研究室 研究内容

PF 実験ホール内で試料を作成する千葉大学大学院 髙橋 渉さん(2021年 2月撮影)
PF BL-10Cで観察準備をする千葉大学大学院 髙橋 渉さん
PF BL-10Cで実験中の千葉大学大学院 相澤 匠さん(左)と磯辺 篤さん(右)

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