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フォトンファクトリーで見分けるリュウグウの有機物

物構研トピックス
2023年3月 3日

先週、小惑星探査機「はやぶさ2」が持ち帰ったリュウグウ試料に関する研究成果が発表されました。広島大学の薮田 ひかる 教授が率いる「固体有機物分析チーム」の研究結果は、初期の地球にどうやって生命が誕生したか、その謎に迫る新しい知見をもたらしました。フォトンファクトリーでは、放射光軟X線顕微鏡による有機物の分析を担当しました。リュウグウにはどんな有機物が含まれているのか? そんな問いに答えるべく、フォトンファクトリーのビームラインBL-19Aでは、探査機帰還のずっと前から試料分析の準備を進めてきました。

BL-19A STXMでリュウグウ試料を分析している様子。広島大学 薮田ひかる教授(左)と横浜国立大学 癸生川 陽子(けぶかわ ようこ)准教授

BL-19Aは、走査型透過X線顕微鏡(Scanning Transmission X-ray Microscopy、STXM(スティクサム))が設置されているビームラインです。放射光X線をフレネルゾーンプレートと呼ばれる集光素子で直径数十nmに集光して試料に当て、透過したX線の強度を検出しながら試料を走査することで微小な領域の二次元像が得られます。このときに、X線の波長(エネルギー)を連続的に変えることで、数十nmのそれぞれの測定点でX線吸収スペクトルを得ることができます。X線の吸収の度合いは、試料を構成する元素によって異なりますが、放射光X線は波長を細かく変えることができるため、元素の違いだけではなく、元素の化学状態も識別することができるのが大きな特徴です。つまり、STXMでは、ナノメートルの解像度で化学種を識別した元素マップを得ることができるのです。

有機物の分析では、炭素を含んだ様々な化学種を識別する必要があります。炭素がよく吸収するX線は、レントゲンに使われるX線よりも波長が長く透過力の弱い「軟X線」領域にあるため、薄く加工した試料を使います。軟X線の波長を連続的に変えながら注意深く探っていき、試料のどの部分にどんな有機物が含まれているかを明らかにしました。今回の分析では、芳香族炭素、ケトン(C=O)、カルボキシル基(-COOH)、脂肪族(C-H)、モレキュラーカーボネート(CO3)などを識別した元素マップが得られています*。

STXMで観察した試料の例。X線のエネルギーを280 eV(電子ボルト)から310 eVまで変えながら画像を取得すると、エネルギーによって黒く映る場所(そのエネルギーのX線をよく吸収する場所)が異なることがわかる。これは、それぞれの場所の化学種の違いを反映している。

*プレスリリース「小惑星探査機「はやぶさ2」初期分析 固体有機物分析チーム 研究成果の科学誌「Science」論文掲載について」の図6には、BL-19Aで測定された有機物のマップや化学種を識別した吸収スペクトルが含まれています。

「リュウグウ試料の取扱いで最も気をつけなければならなかったことは、地球由来の物質の混入です。ビームラインでの測定中に試料が外部から汚染されないように細心の注意を払いながら進めました」そう振り返るのはBL-19Aのビームライン担当者、山下 翔平 助教です。そのため、山下助教は、さらに、リュウグウ由来の有機物だけを検出するため、リュウグウを模した試料や、敢えて炭素が入っていない試料などを用いた予備実験を重ねてきました。今回の成果は、細心の注意を払い、地球物質の混入を排除した実験により得られたのです。

STXM用の試料ホルダーを準備するKEK 山下 翔平 助教

BL-19Aでは固体有機物分析チームのほか、東北大学の中村 智樹 教授率いる「石の物質分析チーム」による鉱物の分析も行われました。これらのチームによる「はやぶさ2」初期分析の期間は終了しましたが、BL-19Aでのリュウグウ試料分析は継続して行われています。

BL-19A では有機物に含まれる軽元素のほか、遷移金属や希土類などの分析も可能であり、電池、触媒、樹脂などの材料、磁性試料、環境試料など広い分野での利用研究も盛んに行われています。今後の活躍にもご期待ください。

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