ミュオン科学研究系のスタッフが日本中間子科学会の功績賞、技術賞、学生奨励賞を受賞しました。日本中間子科学会は中間子科学の発展に寄与した人々を称えるために、功績賞、学会賞、技術賞、奨励賞、学生奨励賞の5つの賞を設けています。2023年3月29日に茨城県東海村のAYA'S LABORATORY量子ビーム研究センター(AQBRC)で学会賞受賞記念講演会が行われました。
功績賞:三宅康博 名誉教授 ▶受賞理由と感想
技術賞:牧村俊助 技師(現在は素核研の先任技師)、的場史朗 技師 ▶受賞理由となった研究内容と感想
学生奨励賞:中村惇平 技師 ▶受賞理由となった研究内容と感想
(日本中間子科学会のWebページから一部改変し転載)
三宅康博氏は、大強度陽子加速器施設(J-PARC) 物質・生命科学実験施設(MLF)において、ミュオン施設の設計、製作からユーザー実験環境整備に至るまでの建設すべてを強いリーダーシップで推進しました。これにより、世界最高のパルスビーム強度となるミュオンビームラインの建設を成功に導きました。
正ミュオン研究においては、「熱ミュオニウムのレーザーイオン化」を用いた世界初の“超低速ミュオン”の発生に向けて、強力な真空紫外レーザーの開発や超高真空標的・イオン引き出しシステムを含む新しいコンセプトの超低速ミュオンプロジェクトの開発などを強力に推進しました。また超低速ミュオンの再加速により、時間・空間コヒーレンスに優れた高輝度ミュオンマイクロビームを駆使した新しい顕微法としての透過型ミュオン顕微鏡を提案し、開発を進めてきました。
負ミュオン研究においては、J-PARCで得られる3 GeVの陽子ビームを有効に使うことによって、様々な研究に応用できる低エネルギー・低エミッタンスの負ミュオンビームを生み出す事に成功しました。この高性能の負ミュオンを用いた負ミュオン非破壊元素分析法の開発を主導し、リチウムイオン電池のオペランド測定や半導体のソフトエラー研究への応用を実現しました。負ミュオン非破壊元素分析が文化財をはじめとした人文科学資料の研究に活用できる可能性にも着目し、文理融合プラットフォームの構築に尽力しました。
三宅氏は、日本中間子科学会の運営委員をその創設時から現在に至るまで長年にわたって務めています。大阪大学核物理研究センター運営会議の運営委員、日本物理学会の監事等も歴任しています。国際的には、中国、韓国ミュオン源の諮問委員会委員等を務めるなど、国際的にも大きく貢献してきました。
三宅氏は、学術上の功績はもとより、物質構造科学研究所の運営、大型外部資金によるミュオン科学関連の研究開発プロジェクトの推進、ミュオン共同利用実験の拡大・推進、若手研究者の育成などにも多大な貢献を果たしており、その功績は誠に顕著です。
光栄です。J-PARCの建設に携わることができ、とても有意義な研究者人生でした。
J-PARC 物質・生命科学実験施設におけるミュオン回転標的の開発と安全な運用・保守
(日本中間子科学会のWebページから一部改変し転載)
大強度陽子ビームを受けるミュオン生成標的は、安定なミュオンビーム供給の実現において極めて重要な技術開発要素の一つです。大強度陽子加速器施設(J-PARC) 物質・生命科学実験施設(MLF) ミュオン科学実験施設(MUSE)では、1MWの大強度陽子ビームにも対応出来るミュオン回転標的を開発し、2014年から使用を開始しました。以降、ビーム強度が徐々に増加されるなか、現在、陽子ビームパワー0.8 MWにおいても安定した運転を継続し、MUSEで実施された全ての実験にミュオンを供給しています。
MLF運転開始当初に使用されていた固定方式の黒鉛ミュオン生成標的は、1 MWの陽子ビームを照射した際の損傷の蓄積により、半年から1年で標的が破損する恐れがありました。標的交換作業は3週間以上を要するため、ビーム供給を安定して継続させるためには長寿命のミュオン生成標的の開発がビーム大強度化実現に向けた緊要な課題でした。当時、スイスのポールシェラー研究所(PSI)では、黒鉛製のミュオン生成標的を回転させて陽子ビームによる損傷を広範囲に分散させることで、標的損傷を低減させていました。しかし、回転標的の回転体を支える軸受が故障するために、1年に1度以上の頻度で標的システムを交換する必要がありました。MUSEでは、軸受けに使用する潤滑剤として固体の二硫化タングステンの塊をボール間に挿入した軸受を開発し、数年間以上の長時間運用に成功しました。また、1 MW 試験運転では32時間の運転にも成功しています。さらに、MUSEでの運用成功を受けて、PSIでも同型の軸受が採用され、その結果、2021年12月にPSIでも 1年間の安定運転を達成しています。その後も、回転標的は定期的な保守、安定な温度計測系・診断系の開発によって安全な運転を継続しています。
このようにJ-PARC物質・生命科学実験施設(MLF)ミュオン実験施設(MUSE)で開発された回転標的は2014年の使用開始から安定したミュオンビームを供給し続け、国内だけでなく海外の実験の遂行にも多大な貢献をしています。
この度は、日本中間子科学会技術賞をいただきありがとうございます。技術賞が設立されてから初めての受賞ということで喜びもひとしおで身も引き締まる思いです。この回転標的は2003年にカナダトライアンフのKaon 施設建設を担当したJack Beveridge氏と概念設計を開始し、スイスPSI研究所Gerd Heidenreich氏を始めとした研究者・技術者の協力を受けました。また、MUSE、J-PARC・MLFのみなさま、物構研のみなさま、日本中間子科学会のみなさま、縁の下でサポートしていただいている日本アドバンストテクノロジー、事務室のみなさま、管理局のみなさまのご協力のおかげです。ご支援・ご理解に感謝申し上げます。
学位論文では、層状カルコゲナイドをミュオンスピン回転(μSR)実験により調べました。μSR実験は物質中の水素状態を調べたり、原子レベルの局所磁場を調べたりすることができます。学位論文前半では硫化ゲルマニウム(GeS)という半導体中に水素不純物準位が存在する事を発見しました。この水素不純物準位は、GeSの低いキャリア密度の原因になっている可能性があり、本研究をきっかけにして半導体としての電気的性質が改善されるかもしれません。後半では、二セレン化クロム銀(AgCrSe2)の常磁性相でクロムスピンの短距離相関を調べ、常磁性相が3つの領域に分けられる事を発見しました。本研究をきっかけにして2次元層状物質における短距離スピン相関の理解が深まる事が期待できます。
社会人博士としての在学は大変でしたが、成果を評価していただき大変嬉しく思います。指導教員の末益崇先生をはじめとして、副査の先生方、共同研究者の先生方に深く感謝申し上げます。
博士の学位取得は、能力の発揮と組織貢献のために目指しました。筑波大学の社会人特別選抜試験では早期修了プログラムも審査いただき、利用させていただきました。業務を行いながら休日と有給をつかって在学いたしましたが、新型コロナの影響でオンライン化がすすんでいたことは社会人博士としての学びに有利だったと感じています。就職してから11年かかりましたが、諦めなければ機会は訪れます。社会人博士はあまり多くないと思いますので、若い人にはキャリアパスの一つの参考にしていただけたらと思います。