物構研では、ユニークな特徴を有するJ-PARC MLF ミュオン科学研究施設(MUSE)の世界最高強度の負ミュオンビームの優位性を生かし、文化財をはじめとする人文科学資料の研究にも活用できる可能性を秘めた新たな非破壊研究手法を開発してきました。一方、これまでも放射光や中性子などを用いて、様々な文化財科学の研究が行われていることから、量子ビームを利用する文化財研究者が一堂に会して議論する場が求められています。考古学やその関連研究・分析技術を紹介し文理融合研究の可能性を探る文理融合シンポジウム「量子ビームで歴史を探る」― 加速器が紡ぐ文理融合の地平 ― は、昨年度、東京および大阪で開催しました。
第3回となる本シンポジウムは、再び東京 上野の国立科学博物館で開催の予定でしたが、9月25~26日にオンラインでの開催となりました。主催は、KEK 物構研、共催は 人間文化研究機構 国立歴史民俗博物館と国立科学博物館、協催は 日本中間子科学会、J-PARCセンター、大阪大学 核物理研究センター、新学術領域「宇宙観測検出器と量子ビームの出会い。新たな応用への架け橋。」、異分野融合「新学術・産業応用を目指した次世代ミューオン分析拠点の形成」です。
第3回 文理融合シンポジウム 量子ビームで歴史を探る ―加速器が紡ぐ文理融合の地平― のお知らせページ
シンポジウムには、量子ビームを供給するミュオン施設・中性子施設・放射光施設の研究者に加え、非破壊分析に興味を持つ大学や博物館などから考古学・文化財研究者が集まりました。参加登録総数は83名を上回り、20の口頭発表がありました。講演を通して、文系・理系の垣根を越えた活発な議論を行う貴重な機会を持つことができました。
1日目は、KEKの岡田 安弘 理事、物構研 ミュオン科学研究系 下村 浩一郎 主幹の挨拶を皮切りに、物構研 三宅 康博 特別教授によるミュオンの説明の後、ミュオン非破壊分析の現状を把握すべく、3つのミュオン施設(J-PARC MLF MUSE・英国ラザフォードアップルトン研究所の理研RALパルスミュオン施設・大阪大学 核物理研究センター 大強度DCミューオンビーム施設 MuSIC)の各代表者による分析の現状と展望についての講演がありました。
午後のセッションでは、博物館や大学の研究者から、経筒や銅鏡などの青銅品における元素分析や丁銀(銀貨)をミュオンで調べた研究成果や、甲府金(蛭藻金)の表面処理のミュオン分析の研究、青銅鏡における非破壊分析と鉛同位体研究に関する講演があり、続くセッションでは、負ミュオン寿命測定法を用いた新たな非破壊分析法により日本刀の鉄中の炭素濃度をppmオーダーで測定できることや、様々な時代における日本刀の中性子ブラッグエッジ透過法による硬さ測定に関する紹介があり、日本刀ブームもあって会場からは熱心な質問がありました。さらに、最近の放射光イメージングの発展と、放射光を用いた考古学関連研究について講演がありました。
2日目は、物構研の反保 元伸 研究員によるミュオン非破壊分析法の基礎・原理についての分かりやすい解説から始まり、同じく物構研の竹下 聡史 特別助教ほかによってMUSEに新しく導入予定のマルチ素子(100素子)Ge検出器の紹介がありました。次に、新学術領域研究「宇宙観測検出器と量子ビームの出会い。新たな応用への架け橋。」で進めている最新分析技術の展望として、CdTe半導体による高感度硬X線撮像分光検出器とミュオン非破壊分析への展開、TES超伝導X検出器が切り開く超高分解同位体分析に関する講演があり、ミュオン分析法の新展開としてミュオン化学状態分析の紹介がありました。
午後のセッションでは、J-PARCに近接するひたちなか市埋蔵文化財調査センターにおける考古学研究の現状と課題の講演がありました。続いて、大阪大学総合学術博物館の高橋 京子 氏から、緒方洪庵ゆかりの薬瓶のミュオン分析、近世医療文化財の調査、保存技術の確立に向けた取り組みに関する発表がありましたが、J-PARC MLF MUSEでの実験で薬瓶の中身が見事に解明されたというインパクトのある報告でした。
最後のセッションは、2020年度科学研究費 基盤研究(S)で採択された「王陵級巨大古墳の構造分析に関する文理融合型総合研究」プロジェクトに関するもので、まず、研究代表である岡山大学 文学部の清家 章 教授が、ミュオンラジオグラフィを中心とした巨大古墳の文理融合型総合研究の全体計画を語り、引き続き、造山古墳のLiDAR測量、埴輪研究における理化学分析の実践とその意義と考古資料にみられる文理融合の事例紹介、電子線マイクロアナライザーによる土器の分析に関わる講演がありました。
最後に、物構研 小杉 信博 所長からの挨拶をもって閉会となりました。
次回の文理融合シンポジウムは、2021年1月に研究会「Muon 科学と加速器研究」と合同開催を予定しています。
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9月25日(金)9:50~ | ||
開始 - 終了時刻 【講演時間:質疑含む】 |
タイトル | 講演者 |
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座長:竹下聡史 | ||
9:50-10:00 | 挨拶 | 岡田安弘(高エネルギー加速器研究機構 理事) |
10:00-10:10 | 挨拶 | 下村浩一郎(KEK物質構造科学研究所) |
10:10-10:40 | J-PARCにおけるミュオン非破壊分析 | 三宅康博(KEK物質構造科学研究所) |
10:40-11:10 | 英国理研RALミュオン施設におけるミュオン利用分析研究の進展 | 石田勝彦(理化学研究所) |
11:10-11:40 | ミューオン非破壊分析の可能性について | 佐藤朗(大阪大学) |
11:40-11:50 | 日本中間子科学会からのお知らせ【 パンフレット 】 | 日本中間子科学会 運営委員 |
11:40-13:30 | 休 憩 | |
座長:下村浩一郎 | ||
13:30-14:10 | 負ミュオンによる歴史資料の内部分析と深さ方向分析 | 齋藤努(国立歴史民俗博物館) |
14:10-14:40 | 負ミュオン非破壊分析による蛭藻金の表面処理の再検討 | 沓名貴彦(国立科学博物館) |
14:40-15:10 | 非破壊成分分析による三角縁神獣鏡鋳造技術の復元 | 南健太郎(岡山大学埋蔵文化財調査研究センター) |
15:10-15:20 | 休 憩 | |
座長:沓名貴彦 | ||
15:20-15:50 | 負ミュオン寿命法による鉄鋼中の微量炭素の非破壊分析 | 久保謙哉(国際基督教大学) |
15:50-16:20 | 中性子による日本刀研究の現状 | 鬼柳善明(名古屋大学) |
16:20-16:50 | X線顕微分光法の最近の進歩 | 新田清文(高輝度光科学研究センター) |
9月26日(土)10:00~ | ||
開始 - 終了時刻 【講演時間:質疑含む】 |
タイトル | 講演者 【 *発表者】 |
座長:久保謙哉 | ||
10:00- 10:30 | ミュオン元素分析の基礎と応用 | 反保元伸(KEK物質構造科学研究所) |
10:30- 11:00 | 多素子Ge検出器の導入 ~効率的な元素分析に向けて~ | 土居内翔伍、反保元伸、竹下聡史*(KEK物質構造科学研究所) |
11:00- 11:30 | CdTe半導体による高感度硬X線撮像分光検出器とミュオン非破壊分析への展開 | 渡辺伸(宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所) |
11:30- 12:00 | TES超伝導X線検出器が切り拓くミュオンビーム元素分析の展望 | 東俊行(理化学研究所) |
12:00- 12:30 | ミュオンによる試料の酸化状態分析 | 二宮和彦(大阪大学) |
12:30- 13:30 | 休 憩 | |
座長:齋藤努 | ||
13:30- 14:00 | ひたちなか市埋蔵文化財調査センターにおける考古学研究の現状と課題 | 稲田健一(ひたちなか市埋蔵文化財調査センター) |
14:00- 14:30 | ミュオンビームを活用した新規医療文化財研究:緒方洪庵の薬 | 髙橋京子(大阪大学総合学術博物館/適塾記念センター) |
14:30- 14:40 | 休 憩 | |
座長:三宅康博 | ||
―巨大古墳の文理融合型総合研究― | ||
14:40- 15:10 | 巨大古墳の文理融合型総合研究~ミュオンラジオグラフィを中心に | 清家章(岡山大学) |
15:10- 15:40 | 古墳のLiDAR測量 | 光本順(岡山大学) |
15:40- 16:10 | 埴輪研究における理化学分析の実践とその意義 ―考古資料にみられる文理融合の一事例― |
木村理(国立文化財機構奈良文化財研究所) |
16:10- 16:40 | 電子線マイクロアナライザーによる土器の分析 | 野坂俊夫(岡山大学) |
16:40- | 挨拶 | 小杉信博(KEK物質構造科学研究所 所長) |