3月9日(火)~11日(木)、2020年度量子ビームサイエンスフェスタが初めてオンラインのウェブセミナー形式で開催されました。このフェスタは、放射光・中性子・ミュオン・低速陽電子の4種の量子ビームの施設スタッフとユーザーとの情報交換の場であるだけでなく、異なるプローブを用いる研究者間の交流を通して、将来の量子ビーム利用研究のあり方を考える場となることを目指しています。第12回MLFシンポジウムと第38回PFシンポジウムも同時開催され、3日間でPFおよびMLF両施設のシンポジウムに参加できる構成となっています。
このフェスタは、年1回つくばと水戸で交互に開かれる予定でしたが、2019年度の水戸での開催が見送られ、今年度はオンラインによる開催となりました。事前の参加登録者は700名以上、当日の参加者総数は614名でした。
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フェスタ初日にはMLFシンポジウムが開催され、参加者は289名でした。まずMLF施設報告として中性子源の現状と将来計画・中性子ビームライン・ミュオンビームラインそれぞれの現状と成果関連統計情報の紹介がありました。続いて、コロナ禍でのMLFの取り組みについて報告があり、MLF利用者懇談会総会を挟んで、MLF中長期計画と題して、これからの10年の見通しについて語るセッションが設けられました。この中で物構研ミュオン科学研究系の山崎 高幸 助教より、ミュオン科学研究施設(MUSE)における新たなビームラインの建設および分岐増設について紹介がありました。
2日目は量子ビームサイエンスフェスタが開催され、午前の基調講演では、まずKEK物構研 量子ビーム連携研究センター(CIQuS)の村上 洋一 教授から「量子ビームの協奏的利用による構造物性研究 ―軌道自由度を中心として―」と題して講演がありました。「構造物性」という用語が、物質の構造を基にして物性を解明する研究領域として、藤井保彦 東京大学名誉教授によって世に出た言葉であるというエピソードから始まり、電子軌道秩序の観測手法の開発研究や量子ビームの協奏的利用について説明しました。例えば、鉄系の超伝導体は、MLFでのミュオンスピン緩和(μSR)測定が突破口となり、すぐさま中性子の磁気散乱を測ることで磁気構造と磁気モーメントの大きさを決定し、最終的にフォトンファクトリーで精密X線回折実験を行うことで特異な軌道秩序の可能性が見えてきたという事例を紹介しました。講演後の、今から30年間研究人生があるとしたら何を研究したいですか?という質問には、トポロジカルで非平衡な構造物性をAIなどを駆使して研究したいと即答がありました。
続いて、国立歴史民俗博物館の齋藤 努 教授から「負ミュオンによる文化財の完全非破壊調査 ―内部分析と深さ方向分析―」と題した講演がありました。齋藤教授は、物構研が中心となって進めている文理融合研究の主要メンバーの一人です。講演では、非破壊分析が基本の文化財研究においては、負ミュオンのように任意の深さで測ることができる分析法はとても役に立つことを説明し、これまでJ-PARC MLFのミュオン科学研究施設MUSEで行ってきた経筒・銅鏡や小判・丁銀などの分析例について紹介しました。講演後の質疑応答の時間には、当時の社会情勢と文化財資料の関係を中心に多くの質問があり、ここでも文系理系の垣根を超えた交流が見られました。
来賓等挨拶の時間には、KEKの山内 正則 機構長から、量子力学を例に基礎科学が社会に必要不可欠な科学技術に発展することを示し、基礎科学の重要性を述べた後、物質・材料科学は基礎科学・応用科学の両面を持つ数少ない分野なので、できるだけサポートしたいと挨拶がありました。続いて登壇した日本原子力研究開発機構(JAEA)の三浦 幸俊 理事は、JRR-3の耐震工事が終わり再稼働したことで、J-PARC MLFと初めて同時に運転することになることに触れ、今後は相互利用でますます研究活動が活発になることから、人材の育成やコミュニケーション促進の場になることを祈念しますと挨拶しました。
また、つくば市 五十嵐 立青 市長からはビデオメッセージが、東海村 山田 修 村長からはメッセージが寄せられ、フェスタのオンラインサイトに掲載されました。
午後に開催されたポスターセッションには273件のポスターが出展されました。ポスターにはそれぞれブレイクアウトルーム(オンライン会議中のグループ分け機能)が割り当てられ、コアタイムには発表者が待機して発表者と閲覧者が相互に説明や質問を行いました。
このうち、学生奨励賞には53件の応募があり、応募者が決められた時間に審査員室(ブレイクアウトルーム機能を利用)に入室してポスター発表を行う方式で審査が行われました。その結果、特に優秀であると認められた4名に奨励賞が授与されました。受賞者は以下の方々です。受賞者には後日、賞状とトロフィーが郵送されました。
ポスターセッション終了後には4つのウェブセミナーに分かれて、パラレルセッションが開催されました。 それぞれのセッションは、「CIQuS(量子ビーム連携研究)」「物性」「バイオ」「材料科学」「ソフトマター」「技術開発」と銘打たれ、研究所・大学・企業などから様々なテーマでの発表がありました。
最終日にはPFシンポジウムが開催され、参加者は246名でした。まず、PFの施設報告として光源およびユーザー運転およびビームライン整備について報告があり、PF-UA総会を挟んで、技術開発など個々のトピックスの紹介がありました。中でもタンパク質結晶回折データ測定の全自動化については、今年度急激にリモートアクセス実験への切り替えが進み、これまでの準備が功を奏した半面、受け入れ側の負担増への対応が迫られたことが報告されました。将来計画については、開発研究専用ビームラインの整備などについて報告がありました。
続いて、低速陽電子実験施設SPFからの施設報告がありました。まず、SPF 小杉 信博 施設長が、改めて2年前にSPFが正式に組織図に入ったことの報告と、低速陽電子ビームの物質構造科学への応用への期待を述べました。最後に、和田 健 准教授から今年度のSPFの活動と、今後の施設改造計画について報告がありました。