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放射光の特徴を活かした新しい乳がん診断法

物構研ハイライト
2011年12月22日

KEKフォトンファクトリーでは放射光を利用した医療用診断として、心臓冠動脈や関節軟骨などの画像診断法が開発されてきました。今回はその中の一つ、X線屈折と断層像を再構成する技術を利用した、乳がんの画像診断についてご紹介します。
現在、日本人の2人に1人がかかり、3人に1人が命を落としているのが、がんです。中でも乳がんは女性の中で最も多く、25~30人に1人の割合で発病、年間一万人が亡くなっています。しかし、他のがんに比べると乳がんは比較的治りやすく、早期に発見できれば乳房を温存しながら完治することも可能であるため、乳がんの診断技術は非常に大きな役割を果たしています。

X線の屈折を画像化

cancer_image_01.jpg図1 ラウエ型アナライザ結晶による屈折コントラスト画像法
画像提供:茨城県立医療大学 島雄大介

X線を利用した画像診断というと、レントゲンを思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。レントゲンは人体のX線の吸収量の差を濃淡で表した写真です。たとえば胸部X線写真では、X線をあまり吸収しない空気をたくさん含む肺は黒く写りますが、X線を吸収するような病変が生じると白く見えるようになります。しかし、乳房のような柔らかい組織はX線の吸収量が低く、がんのような病変ができても周りとの吸収の差がつきません。そのため、乳がんの診断にはマンモグラフィーという、乳房を圧迫して厚みを薄くした状態でのX線撮影が広く行なわれていますが、痛みを伴うことや、コントラストが小さく診断が難しいなどの問題点があります。茨城県立医療大学の島雄大介助教らの研究グループが開発した方法は、X線の吸収ではなく、組織を通過した時わずかに曲がるX線の屈折を利用します。これは平行性が高いという放射光の特徴を活かした手法で、以前にも「X線暗視野法」としてKEKのホームページで紹介してきました(乳がんの早期発見をめざして)。当時、総合研究大学院大学の学生だった島雄氏は、研究グループのリーダーの安藤正海教授(現・東京理科大教授)らと一緒にこの手法の開発に携わってきました。

X線の屈折を利用するには、放射光X線のような平行性の高いビームが必要です。入射するX線の方向がきれいに揃っていなければ、組織を透過したことによるごく僅かな屈折を捉えることができないからです。研究グループは、アナライザという結晶の薄い板を用いることによって、前方回折像と回折像という2種類の画像を同時に撮像することで、組織の3次元画像を得る「屈折コントラストX線CT」を可能にしました(図1)。CTとは、様々な角度から撮影された画像を合成して輪切り画像を再現する方法で、脳や内臓など身体深部を見る検査にも利用されています。また、アナライザ結晶の角度を変えながら撮影することで、病変の位置や輪郭、その領域を捉えられる条件を見出しました。

cancer_image_02.jpg図2 乳房試料(若年性乳頭腫症)の投影像 (a)吸収コントラスト像(b)低角側での屈折コントラスト像(c)暗視野像(d)高角側での屈折コントラスト像
画像提供:茨城県立医療大学 島雄大介

図2は、フォトンファクトリーのビームラインBL-14Bを利用して、大きさの異なる微小な嚢胞が多数含まれた乳房試料(若年性乳頭腫症)を撮影したものです。レントゲン写真、つまり吸収コントラスト像では多数の嚢胞がやや明るくぼんやりと確認できる程度ですが(図2a)、屈折コントラスト画像法(前方回折像)を用いると、暗視野の条件では、嚢胞の輪郭が鮮明に描かれるだけでなく、その中の一部に白く斑点状の領域が含まれていることが分かりました(図2c)。また、アナライザ結晶の角度位置を暗視野の条件から低角側または高角側へずらすと、嚢胞の輪郭だけではなく周辺の組織も明瞭に描出されました(図2b, d)。ただし、この状態は影絵のような投影法なので、立体的に重なっている嚢胞が全て同じ面に重なっている画像になります。

3D画像診断でもっと発見しやすく

cancer_image_03.jpg図3 同一の深さでのトモシンセシス像
(a)フィルタ補正逆投影法による暗視野像(図2c)の断層像
(b)シフト加算法による高角側での屈折コントラスト像(図2d)の断層像
画像提供:茨城県立医療大学 島雄大介

島雄氏は、この方法に任意の深さでの断層像を合成するトモシンセシスという技法を組み合わせて、乳房のどの位置に嚢胞があるのか3次元構造を描き出すことに成功しました(図3)。トモシンセシスとは断層を意味するトモグラフィ(tomography)と合成を意味するシンセシス(synthesis)から作られた造語です。CTでは180°のスキャン範囲からの投影データが必要ですが、トモシンセシスでは10°~50°程度のスキャン範囲で済みます。CTと比べ画質は落ちますが、被ばく線量を大幅に低減することができます。これによって、これまで描出できなかった病変を、低線量で描出することが可能になりました。
X線を用いた画像診断は、鮮明に病変を見ようとすると被ばく線量が大きくなってしまいます。この研究で開発された手法は、被ばく線量が少なく、かつ鮮明な画像が得られることから、乳がんのような軟組織に生じるがんの早期発見のための診断の実用化につながることが期待されます。

cancer_image_04.jpg図4 金メダルを受賞した島雄大介助教(中央)と他の2人の受賞者
画像提供:茨城県立医療大学 島雄大介

この研究成果は、2011年9月にギリシャのテサロニケで開催された第1回医学オリンピック協会国際会議(International Meeting of Medical Olympicus Association)で発表され、金メダルを受賞しました(図4)。この会議は、社会的に重要性の高いオリジナルの論文を対象とし、参加者全員の中から3編の優れた論文に金メダルが授与されています。

関連サイト

放射光科学研究施設 フォトンファクトリー
フォトンファクトリー X線イメージング・医学応用ステーション

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