そう、電子殻っていうんだけど、それぞれの殻の中では電子の軌道のかたちがきまってるんだよね。
殻の中の電子の軌道?
それぞれの殻の中にさらに軌道がある、ということ??
そうそう。
軌道とは呼ぶんだけど、月みたいに一定の軌道上を回っているんじゃないんだ。例えば、こんな形に…
電子の1s軌道
え?一定じゃないのに軌道?
ふわふわしてて雲みたいじゃない。
そう、まさに電子雲と呼ばれてて、電子は空間上のある範囲に一定の確率で存在すると言われてる。
例えばこの1s軌道なら、球状をしていて、電子は中心からの距離によってある決まった確率で存在する。…
村上さん、ちょっと待って。
1s軌道って?
あっ、そうか。先に原子の構造について話さなくちゃね。
原子の構造ってことは、原子模型。
長岡半太郎は子供のころ、偉人伝で読んだわ。
長岡先生の土星型原子模型を見て、そうなのか!と大感動したのよね。あの印象が強烈に残ってる。
長岡モデル
長岡半太郎は、世界で初めて、中心に正電荷があってその周りに電子があるという原子構造を考えて発表したんだよね。
長岡先生は、学校で習う科学者が欧米人ばかりだから、東洋人は科学の研究に向かないのかと思って、独自に調査したらしいんですって。
中国に優れた科学者がいることを知って、東洋人の誇りを取り戻して物理学に励んだそうよ。
へえ、そうなんだ。
長岡モデルがイギリスで発表されてから、数か月後にトムソンが別の原子モデルを発表したと言われてるよ。
トムソンは、原子の中には正電荷が均一に分布していて、ちょうどレーズンパンのレーズンとか、スイカの種のように電子が散らばっていると考えたらしい。
トムソンモデル
なんだか美味しそうな原子模型ね。
長岡モデルとはだいぶ違う。
当時はトムソンモデルを支持する科学者が多かったそうだよ。
結局、長岡の方が正しかったんだね。長岡半太郎は日本が誇れる独創的な研究者だよ。
長岡モデルがその後どうやって認められていったのか知りたいわ。
それじゃあ、ひとまず銀原子はおいといて、長岡モデル後の歴史をたどってみようか。
原子の構造を解明した科学者たちを紹介したらいいかな。
母上、イギリスからお客さんが来てるニャ。
アーネスト・ラザフォードさんって人。
ラザフォードさん?
20世紀の初めの偉大な科学者ですよ。
これはこれは。ようこそおいでくださいました、ラザフォードさん。
どうも、はじめまして。ラザフォードです。原子模型について知りたいとか。
私たちは実験で、原子の中心に正に帯電した小さな核があって、その回りを電子が緩く取り巻いていることを実証したんだ。
「私たちの実験」って?どんな実験なんですか?
私は精密な実験が苦手でね、実際に実験して論文にしたのは私の助手のガイガーや留学生のマースデンなんだが…。
金箔に小さな粒を投げつけてみたんだよ。
金箔ですか…。
「小さな粒」っていうのは?
私はもともと放射線を研究していてね、アルファ線は透過力の小さい放射線で、その正体は「とても速く走る粒」だというのを突き止めてアルファ粒子と呼んでいた。
アルファ粒子の正体は、ヘリウムの原子核なんですよ。電子の7300倍も重い粒です。
金箔にアルファ粒子をぶつけたのは、どうして?
原子の構造を調べるためだったんですか?
いやそうじゃないんだ。われわれは、放射線の検出器を開発していたんだよ。
放射線を細いビームにして、それがどう進むのかといった実験をよくやっていた。
アルファ線は真空中では直進するが、真空でないと少しだけ曲げられることが分かったんだ。
真空でないってことは、空気があるってことですね?
そう。おそらく、空気中の原子との衝突によってアルファ粒子が進む向きを少し変えられたんだろう、と考えた。
それで、金属箔でアルファ線の通り道をふさいでみたらどうなるか、試してみようということになったんだ。
それで金箔の登場ですね。
色々な金属で試したが、主に使っていたのは金箔だったね。
私は、薄い金属箔ならアルファ線は通り抜けてしまうと予想していた。
だけど、何千回もぶつけるうちに跳ね返ってくる粒があった、とマースデンが報告してきたんだ。
予想と違ったってこと?
考えてもみたまえ。
弾丸をぺらぺらのティッシュペーパーに打ち込んでいたら、自分に跳ね返ってくるみたいなものだよ。こんなに驚いたことはないね。
トムソンモデルじゃ、あの実験は説明できない。どうしてそんなことが起こるのか、私は考えに考えたよ。
スイカではアルファ粒子は跳ね返らないのね(#^.^#)
トムソンモデルでは、原子内に粗密はほとんどないはずだから、いつもすり抜けるのにときどき跳ね返るっていうのはおかしいだろう?
何かとてつもなく密度の高い、でもとても小さい芯のようなものがある、と考えないと。
小さいからなかなか当たらないけど、芯に当たるとアルファ粒子を跳ね返すってことね。
そう。それで、中心に重い核があって、外側はスッカスカの原子モデルを考えついたんだ。
なるほど。原子核の発見ですね。
ラザフォードモデル
結果から言うと、アルファ粒子よりもはるかに重い金原子の箔を使ったのがよかったんだな。
と、まぁ、そこまではよかったんだが、すぐにボーアに原子モデルの矛盾点を指摘されてしまった。
あらまぁ、どこが良くなかったんでしょうか?
母上、ニールス・ボーアさんって人が…。
えーっと、噂をすれば、今度はボーアさん?
やはり20世紀前半に活躍した、デンマークの理論物理学者ですよ。
僕はイギリスに行って、ラザフォード先生の原子模型に関する講義を聞いたんです。
僕は、ラザフォード先生のモデルにとても感銘を受けた。だけど、矛盾が生じることにすぐに気づいたんです。
矛盾って?
原子の安定性です。
もし電子が原子核の周りを取り巻いているならば、その電子は円運動をしているということになる。
当時既に確立していた電磁気学 ― いまや古典電磁気学と呼ばれていますが ― によると、電荷を持つ粒子が円運動すると、電磁波、つまり光を放出するんです。
ラザフォードモデルだと、電子は光を放出する、ということですね。
はい。ところが計算してみると、光を放出した電子はエネルギーを失って失速し、すぐに原子核に落ち込んでしまう。
想像してみてください。もし、電子が全部、原子核に吸い込まれているとしたら?
原子の大きさがとても小さくなるということだから、全てが凝縮されて…。
地球はブラックホールになってるかも!?
しかし現実には、そうはなっていませんね。原子は安定に存在している。一方、ラザフォードモデルは実験を見事に説明している…。
となると、原子の中は、そもそも、それまでの物理学が通用しない世界なんじゃないか?
そう考えて枠組みを取り払ってみたら、原子のとびとびのスペクトル線も元素の周期律も説明できるアイデアが浮かんだんです。
それはどんな?
僕は、電子には、たとえ円運動をしていても光を放出しない安定な状態があると仮定し、「定常状態」と名付けました。
この定常状態は不連続な決まったエネルギーを持っていて、電子が定常状態の間を飛び移るときだけ光を放出すると考えたのです。
はぁ、電子が光を放出しながら軌道間をジャンプする話、初めに考えたのはボーアさんでしたか。
わたスピ1で教えてもらったっけ。
ラザフォード・ボーアモデル
初めはトムソン先生も否定的だったが、結局ボーア君の理論は正しかったな。
えぇ、初めは大御所にことごとく否定されました。ニュートン力学の否定だとか、マクスウェル電磁気学の否定だとか。
でも、理解してくださる方もいて、例えば長岡先生は、論文をお送りしたら、「昔没頭していた土星型原子模型と密接に関連している」と喜んでくれました。
まあ、そんなご縁があったなんて!
私がこどものころ感激した長岡先生のモデルがおふたりに引き継がれたんですね!
そうなりますね。
やがて、私の理論を裏付ける実験結果も出てきて、だんだん認められるようになりました。
そうそう、私の原子模型の発表から10年後に、定常状態の条件式の物理的な意味をド・ブロイが物質波という概念を導入して説明したんです。
下の模式図で表されているのが、それです。
あら、この図もわたスピ1で見ましたよ。
ド・ブロイさんって?
なんでもド・ブロイはフランスの貴族の家の出身らしいのですが…、
それはともかく、彼は、「光」が波であり粒であるなら、電子のような「物質」も波の性質を持つんじゃないかと考えたようです。
彼は、円軌道の長さが電子波の波長の整数倍になるとき、その電子は定常状態にあり、安定に存在することができると考えたのです。
物質の波ってことね。
波の長さを固定して考えたとき、右側の図のように切れ目なくつながる別の状態に変化するためには、
波の数を減らすか増やすかすることになる。
波の数が一つ変化すれば、それに合わせて、円の半径も不連続に変化するってことを図にしたものなんですよね。
へぇ。
電子が波打ちながら回っている図ということではないのね。
物質波の考えを発展させて、電子が実際にどんな軌道を持つのかを式にしたのは、シュレディンガーだよ。
ド・ブロイの発表から数年後だったな。
シュレディンガーさん?
それってよく耳にするシュレディンガー方程式を作った人ですね?
シュレディンガーは僕らより有名みたいですね。
まあ、そうひがむな。
シュレディンガーの波動方程式の解説は村上さんに頼んで、我々は退散するとしよう。
お任せください。
そういえば、先ほどのアルファ線の実験で出てきたガイガーさんは、もしかしたらガイガー・カウンターの発明者ですか?
母上、ラザフォードさんがしょってた "TALK SOFTLY PLEASE" って、なにかにゃあ?
「静かに話してください」って意味よね。
そういえば、あれ何だったのかしら?
ラザフォードはあの通り声が響くでしょう。
精密な実験に差し支えるから、実験室には "TALK SOFTLY PLEASE"って看板が掲げてあったらしいよ。
へ~ぇ、そうなの~( ´艸`)?
シュレディンガーは音が苦手で、静かな環境が好きだったらしいから、実験装置並みに繊細だったってことかな?
じゃあ、今日はこのくらいにして、次回はシュレディンガーの方程式から始めましょうか。
母上、今日はあまりスピンの話にはニャらなかったニャ〜。
そうね。
スピンを理解するためには、量子力学を知らなくてはならないんですよね?
村上さん。
そうだね。スピンは量子力学で初めて導入された概念だからね。
今回の話で、原子の構造を考えるところから量子力学が始まったという歴史がみえてきたね。
次回のシュレディンガー方程式は難解だって噂よ。
源次郎、心して参りましょ!
がってんだニャ!
でも、シュレディンガーさんっておじさん、ひょっとして、猫を使った思考実験をした先生? ちょっとこわいニャ~。でも、負けないもんニャ!