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私にスピンをわからせて! ~第4回転「銀原子はなぜ曲がる?」~シュレディンガー方程式の巻

物構研トピックス
2019年8月 9日
わたしにスピンをわからせて!

北村 源次郎:野趣あふれる美猫。上田城で母と運命の出会いを果たし、北村家の猫となったことから、真田信繁の幼名をとって源次郎と名付けられた。
十八番は即興ピアノ曲「猫が踏んじゃった」。

母上:源次郎の母。文系だが、素粒子とスピンに興味がある。昆虫・植物が大好きで、KEK構内で撮った珍しい虫の写真を持ち歩く。
プロフィールはKEKのひと「山を旅して世界を知った 北村節子さん」に詳しい。
【KEKエッセイ #1】「天才はおもいがけなくやってくる」
【KEKエッセイ #7】「メンデレーエフの日本の孫」

前回までのお話:

クンクン

クンクンクン

何者ニャ?

わたし?
シュレディンガー家に出入りしてる猫。名前はまだにゃいの。

もしかして…逃げてきたの?

まぁ、そんなとこかにゃ。

あら、源次郎。お友だち?

はじめまして。

え?シュレディンガー家から逃げてきた?
実験台にされそうになったってこと?

ちゃんと逃げるからご心配なく。それに、エルヴィン先生は猫が苦手だから、私を捕まえて箱に入れたりしないわ。

そうなのか。シュレディンガーさんちの猫は一枚上手だニャ。

大変だったのね。ゆっくりしていってね。
今日はシュレディンガー方程式を分からせての日なのよ。

うちの先生が何をやっていたか、わたしもよく知らにゃいの。連れてってほしいにゃ。

じゃあ、一緒に出発ニャ!

第4回転「銀原子はなぜ曲がる?」~シュレディンガー方程式の巻

指南役:
村上 洋一(むらかみ・よういち)さん

愛媛県松山市出身。専門は、物性物理学。幼いころから磁石の不思議に魅せられて、かれこれ半世紀、今も磁石に関連した研究を続けている。
【KEKエッセイ #10】「百万聞は一見に如かず~光を作る工場」

今日はシュレディンガーさんちの猫も連れてきちゃいました。名付けてシュレ子ちゃんです。
シュレディンガーの式から、電子がどんな軌道を持つのか分かるんですよね。
そう。シュレディンガーは電子の「波としての性質を表す式」を考えたんだ。
電子が粒子であると同時に波の性質をもつから、ですね?
そのとおり。
「シュレディンガーの波動方程式」は「波動関数」と呼ばれる量が、空間の中でどのように時間変化していくのかを決める方程式なんだ。
その「波動関数」って何なの?
電子の状態を表す量と言ったらいいかな。
位置と時間の関数なんだけど、一般には複素数の関数なんだ。
えっと、複素数って虚数と何が違うんでしたっけ?
二乗すると負の数になるのが虚数、そうでない普通の数が実数だけど、複素数は実数と虚数を足し合わせた数だね。
どうして電子の状態を表すのに、複素数が必要なの?
鋭い質問だね。
どうしても複素数が必要だという訳ではなく、本質的には2つの実数が必要なんだ。複素数を用いるのは、数学的な美しさ、つまり簡潔さのためだと思うな。
何か物理的な意味があるのかと思ったのに、それだけ?
複素数を使った方がエレガントに解けるからなのね。
「波動関数」が何を表しているのかということは、当時も、実は今も大問題なんだ。 シュレディンガー自身も物理的な意味は説明できなかったようなんだよね。
うちの先生、式を作ったのに、その答えの意味は説明できなかったってこと?
残念だけど、そうみたいだよ。
それなのに、シュレディンガーの式が認められたのはどうしてなの?
シュレーディンガー方程式を解くことによって、原子内の電子状態などが明らかにされ、数多くの実験結果を見事に説明することができたからなんだ。
ふぅん。
方程式は、(左辺)=(右辺)って式よね。ざっくりでいいから、シュレディンガー方程式は、何と何が等しいのか教えて。
一言でいうと、エネルギーに関する式だね。物質の波としてのエネルギーが粒子としてのエネルギーに等しいとおくと、「シュレディンガーの」波動方程式のできあがりだよ。
式の成り立ちは明快なのね。
でもその方程式の答えが明快じゃないというわけか。
そうそう。
だけど、後にボルンなどによって、その当時としては大変奇妙な考えが導入されて、この問題は一応の解決をみることになる。
奇妙な考え?
その奇妙な考えっていうのはね、シュレディンガー方程式が解けたとして、位置と時刻を指定すると波動関数の値が出てくるよね。
その大きさの二乗が、電子をその位置でその時刻に観測する確率になるっていうんだ。それがボルンの確率解釈だよ。
波動関数の大きさの二乗って?
複素数の大きさはどうやって求めるか考えてみようか。
複素数は、一般的にこんな形をしている。aとbは実数だよ。
この複素数の大きさを求めるには、こういう計算をするよ。 複素数平面と三角形を使って図に表すと、こうなる。
複素数平面というのは、横軸を実数、縦軸を虚数と考えた平面のことだよ。 この計算ででてきたのは大きさの二乗だね。 だから、複素数の大きさを考えるとき、二乗は自然に出てくる、と言ってもいいかもしれない。
なぜ二乗が出てくるのかなと思ってたのよ。ボルンは大きさに着目したのね。
それで、波動関数の値の大きさの二乗が確率になるっていうのは?
それでは思考実験として、1個の電子を観測する場合を考えよう。
観測の結果、ある場所にその電子を見つけたら、他の場所には電子は居ないことが分かるね。忘れないように電子の見つかったところに点を打っておく。
それで、もう一度同じように観測すると、今度はさっきとは違う場所に電子が見つかるとする。また点を打つ。
これを何回も繰り返すと、打たれた点はある分布を示すようになるよね。
テニスの試合の解説で出てくる打球の痕跡を集めた画像みたい。
この分布は、どこで電子を見つけることができるかという確率分布であると考えてもいい。
シュレーディンガー方程式の解である波動関数の二乗がこの確率分布を表すと考えると、様々な実験結果と良く一致することが分かってきたんだ。
へぇ。計算と実験が合うなら本当なんでしょうけど、なんだか、分かったような分からないような話ね。
電場のエネルギーが電場の二乗に比例するという関係があって、その類推じゃないかという考えがあります。
いずれにしても当時の物理学者達も随分と頭を悩ませたようですよ。
でも、実験結果が裏付けとなって、だんだんと多くの人々が波動関数の確率解釈を正しいと考えるようになったんだ。
ふ~ん。
電子波を表す波動関数から、電子を粒子的に見出す確率を求めることができるということなんだ。
そうして、やっと量子力学が誕生した。
「使ってみたら合っていた」というのは、「物理学は理詰めで進められる、演繹的な学問」という私のイメージと、どうも食い違うんだよね。
物理学では、いくら美しい理論でもその理論が予測する結果が実験で確かめられるまで、その理論が正しい理論であるとは認知されないんだ。
理論物理学と実験物理学は車の両輪のようなもので、両方が協力して初めて物理学が発展していくんです。
なるほど。
量子力学の場合は、事実を見て、仮説を立て、実験を繰り返して新説を確認するという作業を多くの科学者が分業したようなものね。
そうだね。
それじゃあ、実際に波動方程式を解いてみよう!
と言いたいところだけど、高度な数学が必要になるから、ちょっと省略して答えを見てみよう。
最も単純な原子である水素原子のシュレディンガー方程式を解いて、電子のいる確率を図にするとこうなるよ。
水素原子の電子軌道
(大きさは考慮していません)
うわぁ、何だかたくさん並んでる…。
この図が確率を表してるって、どう見たらいいの?
降水確率を地図に描いたものを見たことあるかな?
例えばこの図の赤いところは降水確率が高いところを表してるよね。 黄色と赤の境目というふうに基準を決めると、地図上に線を引くことができる。 降水確率は地上に雨が降ることに着目しているから平面だけど、波動関数は電子の存在確率を三次元空間で表しているんだ。ある一定の存在確率の点をつなぐと、電子軌道の図になるよ。
こんなかたちで分布するでしょう、という予想図みたいなものね。
ここで最初の「殻の中の電子の軌道」の話に戻るんだけど、上の表をよく見ると、一番上のK殻のところには1sと書いてあるよね。 これは、K殻には1s軌道があるという意味なんだ。
このs軌道をリアルに描いたものが最初に見た電子雲の絵なんだよ。
ああ、あのモアッとした図のことね。上の図は同じ値の点をつないだ等高線みたいなものってことか。
あれ?でも水素には電子は1つしかないのに、どうして軌道がこんなにあるの?
電子が1つでもこのような軌道をとる可能性があるということなんだ。
電子軌道というのは、電子が入ることができる部屋のようなもので、電子が詰まっている部屋もあれば、空き部屋もあるんだ。
同じ一つの電子でも、あらわれ方は幾通りもあって変幻自在なのね。
次のL殻は少し大きくなってる?
その通り。L殻はK殻を包みこむ大きさで、その中にはs軌道もあるしp軌道もある。
例えば…、ゆで卵の黄身の大きさがK殻で、白身の大きさがL殻だとしますよね。
L殻の電子の軌道は白身の部分にだけあるのかなぁ、と思ってたんですけど。
それはちょっと違ってて、L殻の電子の軌道は黄身の部分にもあるよ。
つまり外側の殻の電子でも、内側にも存在確率はある。電子殻というのは、単に電子軌道の集まりに付けた名前だからね。
そうなんだ。もうどこにいてもおかしくないんだ。びっくり。
すると、多くの電子を持つ原子では、電子の出現可能域が何重にも重なっているわけね?
そういうこと。
じゃあ、ここから、複数の電子を持つ原子を考えよう。
電子軌道をもっと簡単に描くと、おなじみのこの形になるね。
下の図はナトリウム原子の基底状態と呼ばれる、一番エネルギーの低い状態を表したもので、適当な光を当てて電子を外側の空き部屋に移すこともできるんだ。
ただ、励起状態と呼ばれるそんな状態は不安定なので、すぐに光を放出して基底状態に戻るけどね。
ナトリウム原子の基底状態
なるほどね。
空き部屋はたくさんあるけど、電子は基底状態がお好き、ということね。
そう。だから電子たちは基本的に原子核に近いほうの席から埋めていくんだね。
基底状態が好きすぎて、一つの席に殺到したりしないの?
椅子取りゲームみたいに。
おっ、源ちゃん。いいところに気がつきました。
これで次回お呼びするスペシャルゲストは決まりだね。
えっ?誰だろう?
次回も楽しみにしてまーす。
じゃあ、今日のわたスピはこの辺にして、この後はシュレ子ちゃんの身の上話でも聞かせてもらおうかな。
賛成!




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