受賞者とKEK役員等
田中 伸晃氏(素粒子原子核研究所)、田中 宏和氏(物質構造科学研究所 放射光実験施設)、内山 隆司氏(加速器研究施設 加速器第六研究系)の3名が令和4年度KEK技術賞を受賞しました。
この賞は、機構内の技術者を対象とし、技術の創造性、具体化、研究への貢献、技術伝承への努力等を審査し授与されるもので、2月7日に授賞式と発表会が行われました。
受賞者:左より田中 伸晃氏(素粒子原子核研究所)、田中 宏和氏(物質構造科学研究所 放射光実験施設)、内山 隆司氏(加速器研究施設 加速器第六研究系)
物構研の技師である田中 宏和氏の受賞対象となった技術は「中規模放射光施設での時間分解実験に向けた同期型X線チョッパーの開発と実用化」です。
時間分解実験とは、ストロボ状の光「パルス光」を利用して、反応過程などの時々刻々と変化する現象を捉える実験です。写真が動画に変わってきたように、物質を動的に捉える時間分解実験は最近多くの研究分野で行われるようになっており、多くの放射光施設ではパルス状の放射光を取り出すために適した運転モードが用意されています。フォトンファクトリー(PF)では「ハイブリッドモード」がそれにあたり、1つの孤立した大強度パルス光と、光が連続した部分を組み合わせることにより、時間分解実験とそれ以外の実験が共存できるようになっています。
時間分解実験を行うには、この中から大強度パルス光のみを取り出す必要があり、その装置が同期型X線チョッパーと呼ばれる、余分な光(連続光の部分)をカットする装置です。この装置はビームが通るスリット(開口部)が開いた円盤を、加速器からのパルス光が光るタイミングに合わせて高速回転するものです。
しかし、PFのような周長の短い中型放射光施設の場合、開口時間を短くする、つまり周速(円盤の外周が動く速度)を上げる必要があります。さらに、試料の電子状態を観測するためには軟X線実験に適用する必要があり、装置を高真空下で動作させることも課題でした。
ハイブリッドモードのビームのパターン。時間分解実験では孤立した大強度パルス光の部分だけを取り出す必要がある。
田中氏は、まず真空度の改善のため磁気軸受けを採用しました。また、開口時間を短くする課題に取り組み、シミュレーションを繰り返しましたが、外周が音速近くで回転する円盤にかかる強大な遠心力に耐える回転体形状を見つけるのは難しい課題で、連続回転試験では熱のため破損のトラブルに見舞われたこともありました。しかし、輻射放熱を改善したり、部品のテストを行うなどして、回転速度をあげることができました。また、ビームを通すスリットに関しても形状加工の難しさに直面しました。これらの問題をひとつひとつ解決して製作した3号機はハイブリッドモードでの実用試験で、従来の空気軸受型と比べて、真空度は2.5桁以上改善され、設計通りにビームが切り出されていることがわかりました。さらに、可搬性を考慮したことやスリットの形状を最適化したため、オンビームアライメント(ビームを照射しながらの調整)の所要時間はほぼ1/10に短縮されました。
徐々に一般ユーザーの実験にも使われはじめ、2021年ごろからはこの装置を使った論文が次々と出版されるようになってきています。現在は、調整方法の確立と可搬装置の設置マニュアルの作成など、様々な場面での使用を想定した整備を進めています。
この技術は、世界中の中型放射光施設で応用できる技術であることから他の放射光施設からも注目されており、2019年にはフランスのSOLEILから共同開発の話が来ていたとのことです。田中氏は「目の前にある課題に集中し、使えるものを利用しながら頑張ってきた。KEKにとどまらない波及効果のある装置を開発できたと思っている。コロナ禍で保留になっていたが、今後、SOLEIL用のものも開発したい」と話していました。
田中氏が開発した同期型X線チョッパー。スリットに軟X線実験用レーザーを当てるテストのようす。
PFの光源加速器を担当する加速器第六研究系からは、内山 隆司氏が「エネルギー回収型線形加速器(ERL)のための高輝度電子銃および入射部の極高真空システムの構築」で受賞しました。
ERL(Energy Recovery LINAC)とは、使用後のビーム加速エネルギーを回収し、大強度のビームを提供できる加速器で、KEKでは小型のERLであるcERL(compact ERL)がビームの生成・加速・周回の実証試験、電子銃や超伝導加速空洞などの開発に利用されています。放射光のようなビーム電流を蓄積する加速器とは異なり、cERLは1周するごとにビームが捨てられるので、電子銃から連続して電子ビームを入射し続ける必要があります。大電流かつ低エミッタンスで長時間安定にビームを出し続ける高輝度電子銃では、残留ガスと電子ビームの衝突で発生するイオンが電子銃へ戻って電子を発生する光陰極を衝撃することによる損傷が激しく、それを抑えるためには極高真空(1×10-9 Pa未満)の実現が必要でした。
内山氏が確立した極高真空技術の下で運転しているcERL電子銃と入射部は、運転開始当時から長期間極高真空を維持し続けており、電子ビームを安定に供給し続けることで数多くの実証実験や研究成果に貢献しています。この極高真空技術は、将来KEKで展開される最先端の加速器技術を駆使したさまざまな計画 の実現になくてはならない技術でもあります。内山氏は、「今後は、もっと手軽に極高真空が作れる試験装置の開発をしたい。アウトガス評価装置の性能向上、極高真空計専用評価装置の開発、NEGコーティング装置技術の開発、特殊フランジ開発などに取り組みたい。」と話していました。
内山氏の受賞対象となった技術は、加速器研究施設のトピックスに詳しく解説されています。
講演をする田中 氏(左)と内山 氏(右)
田中 伸晃氏(素粒子原子核研究所)
「ハドロンホール方式による研究施設の湿度環境改善」
田中 宏和氏(物質構造科学研究所 放射光実験施設)
「中規模放射光施設での時間分解実験に向けた同期型X線チョッパーの開発と実用化」
内山 隆司氏(加速器研究施設 加速器第六研究系)
「エネルギー回収型線形加速器(ERL)のための高輝度電子銃および入射部の極高真空システムの構築」