文部科学省から、令和2年度科学技術分野の文部科学大臣表彰受賞者の決定についての発表がありました。
物構研の量子ビームを利用した研究で受賞が決まった方をご紹介します。
東北大学 多元物質科学研究所の 百生 敦 教授は、令和2年度 科学技術分野の文部科学大臣表彰 科学技術賞に選ばれました。業績名は「X線位相イメージング法の開拓およびその応用に関する研究」です。
X線位相イメージングは、X線が波である性質を利用した手法で、医療でよく使われている吸収イメージング(いわゆる「レントゲン写真」)では見えにくいもの、特に軽元素から構成されている生体軟部組織を従来の数百倍程度の感度で見ることができます。百生教授は、株式会社 日立製作所 基礎研究所の研究員だった1990年ごろに、当時PFにあった日立製作所のビームラインで手法開発に取り組み、1990年代半ばに、世界で初めて放射光を利用したX線干渉計を用いた位相イメージングに成功しました。
この手法を実用的にするのに大きな役割を果たしたのが、フォトンファクトリー(PF)のBL-14に設置されている世界で唯一の「垂直ウィグラー」です。通常の放射光は横長のビームで波の振動方向は水平方向に揃っていますが(水平偏光)、垂直ウィグラーの放射光は縦長で垂直偏光した光のため、重力や床の振動の影響が小さい実験配置が可能になるからです。これを利用した大型分離型干渉計はBL-14Cに設置され、世界で唯一実用的な撮像が実現できています。
最近では、BL-14Cのもう一つの特徴である白色光を利用してX線回折格子位相イメージング法の開発と応用研究に取り組んでいます。この手法の最大の特徴は、実験室のX線源を用いた装置化が可能なことで、医療や非破壊検査等への応用が進んでいます。
北海道大学大学院 理学研究院 加藤 昌子 教授は、令和2年度 科学技術分野の文部科学大臣表彰 科学技術賞に選ばれました。業績名は「環境感応型クロミック金属錯体の開発と光機能に関する研究」です。
加藤教授は、外部環境に応じて発光する金属錯体を多数開発しています。PFおよびPF-ARにおいても放射光を用いたXAFS法やX線回折法を用いて、開発した材料の構造的な評価を行っています。平成29年度から開始した加藤教授が領域代表を務める新学術領域研究「ソフトクリスタル」では、自治医科大学の佐藤 文菜 講師を研究代表とする研究グループが、PF-ARのNW14Aを用いてX線分子動画撮影法によるソフトクリスタルの外場応答過程の観測に取り組んでおり、物構研の福本 恵紀 特任准教授、足立 伸一 教授ら多くの物構研スタッフが研究に参加しています。
関連記事: 物構研トピックス 2012.10.19 第4回北海道大学・KEK 連携シンポジウム開催
関連ページ:文部科学省科学研究費助成事業 新学術領域研究 ソフトクリスタル 高秩序で柔軟な応答系の学理と光機能東京理科大学 理学部 第一部応用化学科 工藤 昭彦 教授は、令和2年度 科学技術分野の文部科学大臣表彰 科学技術賞に選ばれました。業績名は「水素製造と二酸化炭素資源化のための人工光合成光触媒の研究」です。
工藤教授は、太陽光による水の分解反応を利用した人工光合成の構築について研究を進めており、光触媒材料開発の世界的な第一人者です。PFおよびPF-ARにおいても、主にXAFS法を用いて、開発した光触媒の構造的な評価を行っています。中でも、2003年に発表した高効率で水を分解する光触媒の局所構造に関する論文は1200を超える高い被引用数(2019年6月現在)を誇っています。平成29年度から開始した新学術領域研究「革新的光物質変換」では、物構研の野澤 俊介 准教授を研究代表とする研究グループと共同で、PF-ARのNW14Aを利用し、時間分解XAFS法による光触媒反応の可視化に取り組んでいます。
関連記事: 物構研トピックス 2018.12.06 物構研の量子ビームユーザーが2018年の高被引用論文著者に選ばれました
関連ページ:文部科学省科学研究費助成事業 新学術領域研究 光合成分子機構の学理解明と時空間制御による革新的光 ― 物質変換系の創製東京工業大学 元素戦略研究センターの飯村 壮史 助教は、令和2年度 科学技術分野の文部科学大臣表彰 若手科学者賞に選ばれました。 業績名は「鉄系高温超伝導体の電子相図に関する研究」です。
飯村助教は、鉄系高温超伝導体LaFeAs(O1-xHx)について、ランタン(La)と酸素(O)が作る層において酸素を水素(H)に置換し、電子濃度を上昇させることにより従来知られていなかった「第2の超伝導相」を発見しました。これが発端となって、この第2の超伝導相とその周りの電子相についての研究が急速に進展し、物構研との共同研究へと発展しました。共同研究ではJ-PARC MLF BL21 高強度全散乱装置NOVAで水素を含む結晶構造・磁気構造の解析のほか、 J-PARC MLF ミュオンD1実験装置にてミュオンスピン緩和を利用した磁気相図決定も行うなど、物構研のマルチプローブを活用しています。 尚、このマルチプローブ研究は、物構研 構造物性研究センター(2020年3月に発展的改組)に置かれた元素戦略プロジェクト副拠点 電子材料研究グループ(PL:村上 洋一 教授)において進められました。
東京大学大学院 総合文化研究科 本多 智 助教は、令和2年度 科学技術分野の文部科学大臣表彰 若手科学者賞に選ばれました。 業績名は「高分子形状の組換えに基づく機能性材料の研究」です。
高分子形状を組換える方法論の開発は国内外で盛んに行われてきました。しかし、高分子形状の違いを活かした実用的新素材の創出と、環境にやさしく生活環境でも簡便に利用可能な高分子形状操作法の開発が課題となっていました。本多助教は、高分子鎖を集団化して高分子形状の効果を増幅させることで、実用的に重要な機能を示す材料の開発を達成してきました。また最近では、いつでもどこでも誰でも生活環境で簡単に高分子形状を組換えられる高分子形状初期化法を考案・実現しました。また、高分子形状初期化法のコンセプトを検証する上で重要な役割を果たしたのが、物構研の高木 秀彰 助教らと共同で実施した放射光X線小角散乱法による分析でした。
関連記事: KEKプレスリリース 2018.11.30 いつでもどこでも誰でも光をあてるだけで簡単に性質を操ることの出来る材料を開発