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私にスピンをわからせて! ~第7回転「電子以外のスピンって?」~陽子の巻(中)

物構研トピックス
2022年2月14日

わたしにスピンをわからせて!

北村 源次郎:野趣あふれる美猫。上田城で母と運命の出会いを果たし、北村家の猫となったことから、真田信繁の幼名をとって源次郎と名付けられた。 十八番は即興ピアノ曲「猫が踏んじゃった」。

見上げてごらん源次郎

シュレ子:第4回転から登場、ヨーロッパからやってきた謎の猫。どうやらシュレディンガー家から来たらしい。

母上:源次郎の母。文系だが、素粒子とスピンに興味がある。昆虫・植物が大好きで、KEK構内で撮った珍しい虫の写真を持ち歩く。
プロフィールはKEKのひと「山を旅して世界を知った 北村節子さん」に詳しい。 2020年8月まで、KEKの監事を務めた。
【KEKエッセイ #1】天才はおもいがけなくやってくる
【KEKエッセイ #7】メンデレーエフの日本の孫
【KEKエッセイ #15】原爆投下。チャーチルは、ママの実家を頼った?
【KEKエッセイ #24】偉大な博士の「最後のイチジクの葉」
【KEKエッセイ #31】「珈琲」「元素」を生んだ幕末のサラブレッド

前回までのお話

前回のあらすじ
わたスピ基礎編卒業を認定された母上と、猫の 源次郎シュレ子の旅は続く。 母上の次の疑問は「陽子のスピンはどうやって発見されたか」なのだが、陽子のスピンにたどり着く前に水素分子が立ちはだかった。
さらにパウリの排他律に従わない粒子があると聞いて母上は絶句。

しかし、北村さんは大丈夫でしたかね。パウリの排他律に従わない粒子があるかもというのでびっくりされたんでしょうね。

とても熱心な方だからね。
大丈夫。きっと今日もまた元気に登場するよ。

それならいいんだけど…。

それよりも、今日はいよいよ波動関数の話をしなきゃならないよ。

そうだった。気を引き締めていきましょう。

じゃ、今日もよろしくお願いします。

今回の教科書
「スピンはめぐる 成熟期の量子力学」
著者:朝永 振一郎 
1974年7月初版発行 中央公論社
2008年6月新版発行 みすず書房

担任:村上 洋一(むらかみ よういち)さん

愛媛県松山市出身。専門は、物性物理学。幼いころから磁石の不思議に魅せられて、かれこれ半世紀、磁石に関連した研究を続け、2021年3月までKEK 物構研の教授を務めた。退職後は新しいことを学ぶ時間ができた。
【KEKエッセイ #10】百万聞は一見に如かず~光を作る工場
【KEKエッセイ #19】相転移~景色が突然変わるとき
【KEKエッセイ #28】電子の不思議 ~遍歴と局在の狭間で~
【KEKエッセイ #37】協奏的な量子ビーム利用で物性発現機構を探る

第7回転「電子以外のスピンって?」~陽子の巻(中)

今回の指南役:
板倉 数記(いたくら かずのり)さん

千葉県松戸市出身の理論物理学者。2020年3月まで、KEK 素粒子物理学研究所 理論センターに所属、同年4月から長崎総合科学大学 教授。
高エネルギー重イオン衝突や高エネルギーのハドロン散乱などの極限的な状況の物理に興味を持って研究している。

板倉さん、こんにちは!
今日もよろしくお願いします。
今日も張り切ってますね。
それでは、始めましょう。
前回、パウリの排他律に従わない粒子があるということをお聞きしました。
そもそもパウリの排他律は、電子についてのルールであって、それが他の粒子に適用されるかどうかということについてはまだ教わってませんでした。
そうでしたか。では改めて説明しましょう。
粒子は2つに分類することができます。
その1つがパウリの排他律に従うもので、フェルミ粒子と呼ばれます。
もう1つが、パウリの排他律に従わないものでボース粒子といいます。
フェルミもボースも物理学者の名前で、フェルミ粒子のことをフェルミオン、ボース粒子のことをボソンと呼ぶこともあります。
なるほど、そうすると、電子はパウリの排他律に従うからフェルミ粒子、というわけね。
この話を始めると「量子統計力学」という分野に入ってしまうので、深入りはしないでおきたいんですが、 ボース粒子は1924年に確立されたいわゆる「ボース=アインシュタイン統計」に従う粒子、フェルミ粒子は1926年に確立されたいわゆる「フェルミ=ディラック統計」に従う粒子で、それぞれ違ったふるまいをします。
いまは、陽子のスピンに関係するエッセンスだけを抜き出して話を進めますがいいですか?
分かりました…。
陽子はフェルミ粒子とボース粒子のどちらなのかしら?
実は陽子のスピンを調べることと、陽子がどちらに分類されるか、ということには深い関係があるんですよ。
これからは、当時分かっていた情報と実験をどう組み合わせて陽子のスピンが発見されたか、をじっくりみていきましょう。
陽子のスピン発見と、粒子としての分類の過程が分かるということなのね。
そうです。
今日はスペシャルゲストとしてボーア研究所に研究滞在中のフントさんをお呼びしていますから、その頃の様子を聞いてみましょう。
フントさんは、陽子のスピンの発見に貢献した理論物理学者の一人です。統計力学によるエネルギーの計算が得意で、水素分子の比熱の実験データも持っていました。
初めまして、フントです。
どうも、初めまして。よろしくお願いします。
陽子のスピンが発見された当時、パウリの排他律に従うものと従わないものについてはどのくらい分かっていたんですか?
1927年には、電子がフェルミ粒子で、光子がボース粒子だということくらいしか分かっていませんでした。
じゃあ、陽子がどちらなのかを確かめたかったということですね?
はい。
1926年夏、ハイゼンベルクとディラックとが相次いでそれぞれ独立に、
波動関数が粒子の交換に対して対称ならボース粒子、
反対称ならフェルミ粒子

ということを発見しました。
これは大きなヒントになりました。
波動関数…
わたスピ4でやったような…。
そうですね。わたスピ4では波動関数の意味を考えていましたね。
ちょうど1926年に波動関数が満たす式、シュレディンガーの波動方程式が発表されて、物理学者たちは具体的に粒子のふるまいを計算することができるようになっていました。
ハイゼンベルクとディラックは、2つの粒子の交換における波動関数の性質がフェルミ粒子とボース粒子で異なるということを示したのですね。
じゃあ、粒子の交換と対称、反対称って?
粒子を交換するということは粒子の場所を入れ替えるということです。
場所を表す数値を座標といいます。つまり、粒子を交換するとは、粒子の座標を入れ替えること。
ふんふん。
粒子の座標が入れ替わったときに波動関数の符号が変わらなければ対称符号が変わったら反対称、って呼ぶんです。
ふーん。
ピンとこないようだから、具体的に考えてみますか。
ここに2つの水素原子の核、つまり陽子があります。
実際には区別がつかないんだけど、陽子1、陽子2と名前を付けますね。これからこの2つの陽子を交換しますよ。
2つの粒子の交換なら、ちょっとイメージできるかも。
わたスピ4で、波動関数の二乗が粒子が存在する確率分布になるという話をしていましたね。陽子1が位置 x1に、陽子2が位置 x2にいる確率を
とします。ffunction(関数)の f です。
陽子の位置を交換すると、その確率は
です。
ふむふむ。
本来、陽子は区別できないので、陽子が位置を交換しても存在確率は変わらないはずです。
とすると、
の場合と、
の場合が考えられる。
ふむふむ。
もし陽子がボース粒子なら、2つの核を交換しても波動関数の符号は変わらない。
フェルミ粒子なら符号が変わる。
あ、
が、ボース粒子で、
が、フェルミ粒子!
でも何で取り換えっこしただけなのに、波動関数の符号がひっくり返っちゃうの?
そうなんですよ。パウリの排他律に従う粒子はひっくり返っちゃうんです。
というより、2つの粒子の位置の交換で符号が変わる波動関数は、2つが同じ位置とすると
となりますね。これを満たすのは
になってしまうので、粒子の存在確率もゼロです。
これこそが2つの粒子が同じ状態にいることができないというパウリの排他律を意味しているのです。
な・る・ほ・ど!
パウリの排他律が適用される粒子とそうでない粒子があるということが、まさにここに示されていたんですね。
座標を取り換えたときに符号が変わらない関数を対称関数、変わる関数を反対称関数といいます。
対称関数と反対称関数にはこんな関係があるんですよ。

対称関数の一番簡単な例は
かな。
反対称関数の一番簡単な例は、
かな。
当てはめて考えてみてね。
それでは、本題に戻って水素分子のエネルギーと波動関数を考えてみましょう。
水素分子のエネルギーをその各運動状態のエネルギーの和で表していましたね。
これが、波動関数ではかけ算になるんだ。
だから、波動関数をψ(プサイ)で表すと水素分子の波動関数は、
となる。
え、どうして?
プサイって何?
私は、対称性だけを手がかりに、水素分子のエネルギーを考えてみたんだ。
電子に関しては、十分に低温な状態を考えれば水素分子の電子状態は基底状態にあり、そのψ電子は対称関数であることが分かっている。
また、ψそれ以外は後で考えることにして、重心運動・回転運動・振動運動の波動関数だけを考え、その波動関数をφ(ファイ)と呼ぼう。
だいぶシンプルな式になったわ。
2つの同じ種類の原子核を交換しても重心は変わらないね?
はい。
交換しても変わらないということは、つまり、
ψ重心運動はいつでも対称関数。
振動は、2つの原子核の距離が問題になるんだけど、距離は原子核を交換しても変わらない。
確かに。
つまり、ψ振動運動もいつでも対称関数。それと、十分に低温だと振動のエネルギーはとても小さい。
なるほど。

の右辺のうちの2つは対称関数なのね。
そう。だから問題になるのが、回転運動なんだ。
ψ回転運動の具体的な式は複雑だから出さないけど、回転運動のエネルギーは飛び飛びになるんだよ。
飛び飛びだということは、エネルギーが小さい方から番号をつけて数えていけるということだよね。
そうですね。
一番小さいエネルギーを0番目、次を1番目、2番目…と数えて その0,1,2,…の記号を J としよう。 J は0以上の整数ですよ。
さっき複雑だ、と言った回転運動の式には J が使われているんです。
J が小さいほどエネルギーは小さく、大きいほど大きい。
つまり、J は回転運動のエネルギー準位を決める数ですね。大切な数なので、名前がついていて「回転量子数」と呼ばれます。
なんと回転運動の式 ψ回転運動
J奇数のときは反対称関数
J偶数のときは対称関数になるんだよ。
へぇ。
えーっと、例えば J が1のときは、奇数だから反対称、ってことね?
そうそう。J=1では、φは対称関数と反対称関数と対称関数のかけ算だから、反対称関数になるね。
ここで、もし陽子がスピンを持たず、球対称な粒子だと仮定すると、
ψ水素分子φ が成り立つ。
陽子がボース粒子ならψ水素分子はいつでも対称関数だから、φ が反対称関数になることはありえない。つまり、陽子がボース粒子だとしたら、J が奇数のときにはエネルギーの値が存在しないってこと。逆にフェルミ粒子なら奇数の J に対応するエネルギーのみが存在する。
そう考えて回転エネルギーの値を計算してみた結果がこの図です。

回転エネルギー準位がさらに飛び飛びになってる!
さぁ、ここで水素分子の波動関数はφである、と考えていいなら、あとは実験でどちらのグラフが正しいか調べればいいということになる。
えーっと、でもそうすると「それ以外のエネルギー」は無視されたまま?
それじゃ、陽子のスピンの話が終わっちゃうニャ~
~ フントの理論 ~
大丈夫、話はここからですから。
私は、それ以外のエネルギーがあるとすれば、さっきのグラフにひとひねりが加わるんじゃないかと予想したんだ。
ひとひねりって?
それ以外のエネルギーが加わると、波動関数はこんなかけ算になるね。
やはりこのときも、ボース粒子なら粒子の交換に対してψ2つの核は対称関数、フェルミ粒子なら反対称関数でなければならないから、ψそれ以外には制限がかかる。
例えば、もしボース粒子なら、J が偶数のとき対称、奇数のとき反対称、というようにね。
え~っと、グラフがさっきみたいな一つおきではなくなるってことかしら。
はい。おそらくそうだろうと私は考えました。きれいに一つおきじゃないけど、一つおきの名残りは残って、一つおきに強い弱いがくると思ったんですよね。例えばこんな感じに…
それで「ひとひねり」ですか。
で、その根拠は?
キーワードは縮退度ですね。
縮退度って?
同じエネルギーの値を持っていても、全く同じ状態とは限らない。各エネルギーが幾つの状態から成っているか、その数を「縮退度」と言います。
はぁ。
複数の状態が同じエネルギーの値を持つ…。
同じエネルギーを持っていても異なる状態が2つあれば、縮退度は2と数えます。同様に、異なる状態が n 個あれば、縮退度は n です。
それで縮退度がどう関係するんですか?
一般的に、エネルギーが同じでも中身が違う状態がいくつもあると、その状態の数がエネルギーの計算に必要になるんです。
ふうん。水素分子の場合は?
それ以外のエネルギーを表す波動関数ψそれ以外の対称性によって縮退度が違う可能性があると考えたんだよ。
「それ以外のエネルギー」の部分が、ある縮退度を持てば、全体の波動関数が同じ縮退度を持つと考えられる。 縮退度が大きいなら、その状態に存在する確率が大きくなるので、状態間の遷移を表すスペクトル線の強度が大きくなる。
そうなれば、比熱の実験でも確かめられるかも、と思ったんだよ。
縮退って縮こまるって字を使うけど、スペクトル強度が強くなるのね。
日本語では「縮重」と呼ぶこともありますよ。同じところに折り重なっているからスペクトル線が強くなるんだね。
それで、私がそれまでの実験結果と計算から立てた予測はこれです。線の太さで強度を表しています。
陽子がフェルミ粒子でもボース粒子でも、
J が偶数のときと奇数のときのそれぞれの準位の縮退度が交互に現れることまでは計算で分かってますから。
これがちゃんと計算した結果ね!
それから強度比を仮定して式を立て、自分の持っている比熱の実験データを使って水素分子の慣性モーメントを求めてみた。
でもどうも理論と合わない。
あらまぁ。
私の仕事はここまでだ。
お疲れさまでした…。
あとは実験でそれぞれの準位のスペクトル強度が調べられれば…
分光学の実験科学者に期待するしかない。
結局、比熱の実験だけでは陽子のスピンを確かめられなかったけど、
フントの理論によって、陽子がフェルミ粒子の場合とボース粒子の場合とでは、スペクトル強度の出方に差がつくはずだという可能性が残った。 ここから先は他の実験で確かめなければ、という状況でした。
そこでボーアが実験を任せたのが、堀 健夫です。彼は、ボーア研究所に留学中の実験物理学者でした。
日本人と聞くと急に親近感がわくわね。
日本だと何時代の人になるのかしら。
えーっと、1899年だから、明治32年生まれだね。
京都大学卒業後に旧制三高で講師となり、朝永 振一郎と 湯川 秀樹の力学のクラスを担当したらしい。
そのときに彼らに量子力学の魅力を語り、刺激を与えたと言われていますよね。
じゃあ、堀 健夫との出会いがなければ、彼らのノーベル賞受賞もなかったかもしれないということかしら。
そうかもしれないね。1923年ころだから、欧米ではスピンの概念が生まれつつあるころ。和暦で言うと、大正12年ころだよ。
堀はその後、朝永 振一郎の姉と結婚し、旅順工科大学からボーアの研究所に留学したというから、当時大学生だった朝永と湯川にとって憧れの的だったんじゃないかな。
堀の生まれた時代には、世界の人口は16億人程度でしたが、そのうちアカデミックな物理学の研究者は全世界で1,500人程度だったと言われていますから、いまよりもずっと狭いコミュニティだったと思います。

実験中の堀健夫(提供:北海道大学 大学文書館)
~堀の分光実験~
当時はどういう実験をしたの?
そのころは、放電管の中に稀薄なガスを入れ、そこに電圧をかけることで放電を起こして生成した光のスペクトルを調べるという実験が盛んに行われていたそうです。
堀は極紫外線を使って実験したようです。
きょく紫外線?
紫外線よりも高いエネルギーを持つ光のことだよ。フォトンファクトリーでも極紫外線を出しています。
堀は、水素分子の電子励起に関係するエネルギー準位構造を、水素分子から発せられる光の極紫外線領域を見ることによって調べたのですよ。 もちろん、水素分子の回転エネルギーを測るためには極低温での実験ということになりますね。
それで、堀の実験で何が分かったの?
堀は、スペクトルの強度が
J が奇数から他の奇数に移るとき強く、
J が偶数から他の偶数に移るとき弱いことを見つけました。
移るとき…?
そのエネルギーのときに強かったり弱かったりするんじゃなくて?
北村さん、わたスピ2を思い出そう。原子が光を出すのはどんなとき?
あ! 飛び飛びのエネルギー間をジャンプするとき余ったエネルギーを出すんだった。
だから「移るとき」なのね。
そうそう。
じゃ、続けますよ。
そしてスペクトルの強度比はおおよそ
(奇数の遷移):(偶数の遷移)=3:1
であることが示唆されました。
ということは?
この結果とフントが描いたグラフを見比べると、フェルミ粒子の場合に当てはまります。
右のグラフは J が奇数のとき太い。
縮退度が大きいってことニャー。
フントさんの理論のうち、どちらが正しいか実験で確かめられたってことね。
途中で分からない部分は場合分けして考えを進めて、実験結果が出るのを待ってたのねー。
~デニソンの考察~
さらに、アメリカからボーア研究所に来たデニソンが堀の水素分子実験のデータを見て、短い論文を書いています。
デニソンは、堀のデータでは偶数⇔奇数の遷移が見られないことから、 水素分子にはψそれ以外の状態に対応して2つの状態があって、簡単にはその状態が変化しないのではないか、と考えました。
いまはこれらはそれぞれ「オルソ水素」と「パラ水素」と呼ばれています。
ふんふん、その2つの状態の違いは水素の原子核のスピンのせい、ってことかしら。
そうなんです。
このようなものを「核スピン異性体」と呼ぶんです。
この、常温でのオルソ水素とパラ水素の存在比が3:1というのは、いまでも使われるとても有名な値ですよ。
その発見のきっかけを日本人が作ったとは。
でもちょっと待って。堀は極低温で実験したんじゃなかった?
それに、さっき話していたのはスペクトルの強度比の話でしょ?存在比は関係あるの?
常温なら、強度比と存在比は近似していいことが理論式から導けるんです。
堀は、常温で保管していた水素をフラスコに詰めて冷やして実験したそうですよ。 オルソ・パラ変換はとても時間がかかるので、堀が測った水素は常温のオルソ・パラ存在比だと考えていい。
デニソンは実験の状況を堀から聞いていたんですね。
まさにそこが、フントと堀の研究をまとめたデニソンの功績ってことなんだよね。
さらにそこから、陽子のスピンの大きさは電子のスピンの大きさと同じであることも導けた。
ふーん、スピンの大きさまで分かっていたんですか。さらっと説明されるということはまた数学が出てくるってことなのよね。ここは、飲み込むことにしましょう。
フント、堀、デニソンの3人の功績で、陽子のスピンが提唱された。その3人は同じ時期にボーア研究所にいて、3人を結びつけたのがボーアだったということね。
ところで、「オルソ」と「パラ」ってどんな意味?
オルソ(ortho)とパラ(para)はギリシャ語で、それぞれ「正規の」「反対の」などという意味です。
ここでは、2つの陽子のスピンが「同じ向き」のときオルソ、「反対向き」のときパラ、と呼びます。なので、オルソは2つの陽子を入れ替えても対称ですが、パラは反対称なのです。
同様に、同じ元素からできた核スピン異性体では、2つの原子核を置き換えたとき対称なものをオルソとよび、反対称なものをパラと呼ぶんです。
なるほど~。
「オーソドックス」もオルソが語源かしらね。
パラはパラリンピックのパラかと思ったニャ。
パラリンピックのパラは、脊髄損傷などで下半身が麻痺した人を指すパラプレジアから来てるのよ。 
そのパラはパラライズド(麻痺した)からきていて、このパラはやはり「反対の」とか「脇に」という意味なんです。
じゃあ、やっぱり同じパラなんだにゃ~。
そういえば、ボーアはサッカーのデンマーク代表補欠としてオリンピックに出場したとかしないとか…。
ボーアは確かにサッカーが上手かったらしいですが、ボーアではなく、数学者になった弟ハラルトが1908年のロンドンオリンピック代表になって銀メダルを獲得したらしいですね。
へぇ、文武両道に長けた兄弟だったのねぇ。
オリンピックは参加することに意味があるにゃ~。
その言葉は現代ではほとんど死語になっちゃったニャ。
ところでところで、 比熱と分光実験だけで、陽子がスピンを持つと言えたの?
もっと直接的に確かめた実験はなかったのかしら?
確か前々回の終わりで村上先生がノーベル賞の話をしてたニャ。
そう言えば、今回の実験で出てきたオットー・シュテルンは1943年に陽子のスピンを解析したという功績でノーベル物理学賞をもらってるんですよ。
それでは次回は決定打となった実験の話をしましょうか。おなじみのシュテルン・ゲルラッハ実験です。
楽しみにしてます。

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私にスピンをわからせて!

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