度科学技術分野の文部科学大臣表彰の受賞者が発表され、KEKのフォトンファクトリー(PF)を共同利用した研究により、尾嶋 正治氏(東京大学 放射光連携研究機構)、腰原 伸也氏(東京工業大学 大学院理工学研究科)が科学技術賞を、賀川 史敬氏(理化学研究所 創発物性科学研究センター)、藪内 直明氏(東京電機大学 工学部)が若手科学者賞を受賞しました。
この表彰は、科学技術に関する研究開発、理解増進等において顕著な成果を収めた者について、その功績を讃えることにより、科学技術に携わる者の意欲の向上を図り、もって我国の科学技術水準の向上に寄与することを目的に行われています。
PFを共同利用した研究による受賞は、次の4名です。
尾嶋氏は、ナノ界面の電子状態を解明するため、放射光を利用した高空間分解能ナノ分光装置を開発、デバイス動作中の電子状態の解析を実現しました。低電力で動くデバイスや、高集積記憶装置など、デバイスは電極、半導体、トランジスタなどが基板上に薄く積層されています。 この様な物質では、界面の電子状態が性能を左右します。PF創設期から共同利用研究を行ってきた尾嶋氏は、開発した光電子分光装置や結晶を成長させながら測定できる角度分解光電子分光装置をPFに設置し半導体素子の高性能化につながる数多くの成果を輩出してきました。
また、長年PFにて放射光を利用した実験を行うことにより、若手育成にも尽力されてきました。尾嶋研究室から多くの卒業生が研究者として放射光科学を支えています。
腰原氏は、物質に光を照射することで物質の状態が変わる「光誘起相転移」という新現象を提唱、世界に先駆けて超高速で劇的に色相、磁性、誘電性、伝導性などが光誘起で変化する多数の物質を発見してきました。 この研究に不可欠な「動的X線構造解析のためのビームライン」を足立 伸一KEK物構研教授らと共に開発し、PFのビームラインAR-NW14Aに建設しました。世界的にも珍しい大強度のストロボの放射光源であるPF-ARの特長を活かして、物質の変化していく様を100億分の1秒のシャッタースピードで一瞬を切り取るように捉えることができます。 そして、相転移を起こすための強力なパルスレーザーを組み合わせた「ポンプ・プローブ」法を用い、光誘起のみで一瞬だけ発現する磁性状態や全く新しい物質相を多数捉えることに成功しました。
本研究が主題とした光誘起相転移現象は、光メモリー材料の開発にも応用され、一部は既に実用化に供されています。また、同氏は同研究成果により、独フンボルト賞も受賞されました。
賀川氏は、革新的なデバイス創出の可能性が期待される、強相関電子系の物性探索に関する研究を行っています。強相関電子系は、電子同士が強く作用しあうために多彩な物性を示します。 同氏は、中でも結晶格子の柔らかい分子性固体に注目し、電子状態を制御しつつ、電子物性の研究を行いました。そして、固体中の電子で初めて電子のガラス状態を放射光により観測、発見したり、外部電場による結晶内の分子が分極する現象の発見など、新奇な電子状態に関する数々の業績を上げてきました。
本研究成果は、強相関電子系における物性物理の根幹にかかわる発見であり、今後新たな機能性をもった電子デバイスの創出につながると期待されています。
藪内氏は、蓄電デバイスへの応用を目指した固体電気化学反応に関する研究を行っています。リチウムに代わり、ナトリウムを使用した電池材料となる新規材料を発見しました。そして鉄、マンガンなど、地球に豊富に存在する元素と組み合わせ、レアメタルフリーな電池用正極材料を実現、PFのBL-7C等を用いたX線吸収微細構造法 (XAFS) で金属原子の価数変化・構造変化を捉え、充電特性の向上のポイントを解明しました。
本研究成果は、資源輸入国である日本にとって重要なテーマであり、将来的なエネルギー問題の解決への寄与が期待されています。