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超低速ミュオンの夢が花開くとき ~世界初のミュオン顕微鏡 試作機完成へ~

物構研ハイライト
2022年1月31日

KEKつくばにミュオン実験施設があったころ、研究者たちは加速器から生み出されるミュオンを、さらに鋭く絞れる「超低速ミュオン」にしようと努力を重ねた。物質表面や界面の研究に使うためだ。実験施設は東海村に移り、ミュオンビームは強度を増した。そしていま、超低速ミュオンはミュオン顕微鏡として開花しようとしている。

超低速ミュオンプロジェクト

超低速ミュオンは、加速器から取り出したミュオンビームに手間をかけて作られる特別なミュオンビームだ。陽子ビームがミュオン生成標的に当たるとエネルギーの高い正負のミュオン(高速ミュオン)とエネルギーの低い低速ミュオンができる。低速ミュオンは標的表面に静止したπ+中間子が崩壊したものなので、正の電荷をもつ。ちょうど陽電子のエネルギーを揃えて低速陽電子を作るように、低速ミュオンのエネルギーを一旦落として揃え、密集度と指向性を高めたものを超低速ミュオンと呼ぶ。

超低速ミュオンのつくりかた
陽子ビームをミュオン生成標的に当てると、高速ミュオン(正・負)が生成されるほか、標的表面に静止したπ+中間子が崩壊して低速ミュオン(エネルギーが低い正ミュオン)が飛び出す。
低速ミュオンをさらにミュオニウム生成標的に当て、ミュオニウム(Mu:正ミュオン+電子)を作る。その後、レーザーでミュオニウムから電子をはぎ取ったものが超低速ミュオンだ。

その構想は、筑波研究学園都市のKEKにあった東京大学附属中間子科学実験施設で練られた。この施設で世界初のパルス状ミュオンビームが発生したのが1980年。その5年後に永嶺 謙忠 助教授(現 KEK 名誉教授)らは、2,000℃に熱したタングステンに低速ミュオンを打ち込むと熱ミュオニウム(Mu)が発生することを発見した。つくば万博*開催の年のことだ。続いて1987年、熱Muに強力なパルス状レーザー光を同期させることで共鳴を起こし、新たな性質を持つミュオンビームに戻すという実験に成功する。これを超低速ミュオンと名付けた。当時の三宅 康博 助手(現 KEK 特別教授)は、超低速ミュオンのための実験棟新設にも関わり、のちに加わった下村 浩一郎 助手(現 KEK 教授)らとともに1994年、実用的な超低速ミュオン発生に成功する。

1997年に実験施設はKEKの施設となり、その技術はKEK東海キャンパスにできた大強度陽子加速器施設(J-PARC)物質・生命科学実験施設 (MLF) ミュオン科学実験施設(MUSE)Uラインに引き継がれていく。

2011年、文部科学省のプロジェクト(新学術領域研究「超低速ミュオン顕微鏡が拓く物質・生命・素粒子科学のフロンティア」代表: 山梨大学 鳥養 映子 教授(当時))が発足した。プロジェクトの基幹となる超低速ミュオン源構築チームの代表を三宅が務めた。翌2012年11月、Uラインでは、世界最高強度の表面ミュオン源が完成した。

*つくば万博:1985年3月から9月に筑波研究学園都市(現 つくば市内)で開催された国際科学技術博覧会。

偶然の出会いから共同研究へ

物構研ミュオン科学研究系の永谷 幸則 特別准教授は、2018年まで生理学研究所*で透過型電子顕微鏡(TEM)を開発する研究員だった。2012年頃、上司に代理を頼まれて、ある委員会に参加した。そこで偶然、三宅がミュオンについて話すのを聴いた。その場で「超低速ミュオンが顕微鏡に使えるんじゃないか」という提案があった。そのミュオンビームを使えば、電子顕微鏡では難しい「厚い試料」が見える、そう思えた。

永谷が見たいのは細胞だ。10 μmほどの厚みがある細胞を丸ごとnm分解能で透視したい。TEMはその名の通り試料に電子線を透過させて、その形態を観察する顕微鏡である。しかし電子線の透過力には限界があって、例えば細胞を見るためには薄くスライスしなければならない。加速電圧を上げると透過力が高くなるが、数MVの超高圧電顕*でも観察できるのは数μmの厚さまでだ。

電子もミュオンも同じ電荷を持った粒子で、どちらも物質と強い相互作用をしない。MVの電圧をかけ加速すると、電子線でできることとミュオンでできることは基本的に同じだ。電子は511 keVを大きく超えて加速して物質を透過させると、制動放射*によるエネルギーの損失が無視できなくなってしまうが、ミュオンは重いので100 MeVまで加速しても制動放射は起きないはずだ。

TEM開発ではかつて超高電圧化の流れがあった。電子を超高電圧で加速し透過能力を上げていくと、①分解能が上がり、同時に②厚い試料も見えるようになる。しかし1990年代後半になって対物レンズの歪みを補正する技術が進むと、数百kVの電顕でも高分解能が得られるようになった。2大目的の一つ①が満たされたので、大型で高額な超高圧電顕は求められなくなっていく。厚い試料を見ることが目的だった永谷は、時代の流れに取り残された格好になった。そんなとき出会ったのがミュオンだった。

*生理学研究所:愛知県岡崎市にある大学共同利用機関のひとつ。ヒトのからだと脳の働きを研究している。
*超高圧電顕:超高圧電子顕微鏡。電子の加速電圧が1,000 kV(1 MV)以上の透過型電子顕微鏡を指す。
*制動放射:高速の荷電粒子が強い電場で進路を曲げられるときに電磁放射線を出す現象。

世界で初めての「酔狂な」試み

後日、永谷は三宅に「超低速ミュオンの国際会議で顕微鏡の話をしてほしい」と頼まれた。準備のために詳細な計算をしてみると、ミュオン顕微鏡が理論的に可能であることが分かった。ミュオンは5 MeV以上まで加速すれば電子ビームより透過し、100 MeVまで加速できれば理論上数百μmの厚さのものまでnmの分解能で見ることができる。

いけるという手応えがあった。超低速ミュオンを再加速して、超伝導対物レンズを使ってビームを絞れば顕微鏡になる。これまでミュオン顕微鏡が実現できていないのは、そもそも使い物になる超低速ミュオンを発生できるところが少ないからだ。しかしJ-PARCにはそれがある。どうしたら顕微鏡ができるか、永谷は真剣に考え始めた。

一方、超低速ミュオンプロジェクトでは、超低速ミュオンの生成に成功していた。イオン化レーザーの強度に難があるものの、ナノサイエンスへの展開が期待できる装置が完成した。超低速ミュオンを用いた透過型顕微鏡計画については、三宅が研究費を獲得したが、実現には高いハードルがいくつもあった。

超伝導対物レンズ

どうやって加速する?

まず問題となったのは、超低速ミュオンをどうやって加速するか、ということだった。粒子を高エネルギーまで加速するためには、低い電圧による加速を繰り返す必要がある。プロジェクトではKEK加速器研究施設の吉田 光宏 准教授、高山 健 名誉教授、安達 利一 シニアフェロー(当時)と議論を重ねた。

初めに提案があったのは、直線加速器とシンクロトロンの組み合わせ。これはJ-PARCやフォトンファクトリーと同じ方法だ。しかしミュオンの平均寿命は2.2マイクロ秒(μs)しかない。この方法では加速に時間がかかるため、目標スピードに到達する前にミュオンが崩壊してしまう。

続いて提案があったのが、サイクロトロン方式だ。磁場に荷電粒子が飛んでくると、粒子は速度とも磁場とも垂直な方向にローレンツ力を受け円運動を始める。他に力が加わらなければ粒子はそのまま等速円運動を続ける。一周に数か所、粒子がある角度を横切るたびに高周波電場により一定の力を加えると、粒子は瞬間的に加速する。円運動の周期は速度に依存しないので、粒子は少しずつ半径が大きくなる同心円上を同じ周期で回り続けることになる。

サイクロトロンは磁場と周波数を固定して加速するので、それらを変えながら加速するシンクロトロンよりも短時間で加速できるという利点がある。計算上1 μsで30 keVから5 MeVまで加速できる。直線加速器が要らないので場所も取らない。サイクロトロン方式の採用が決まった。

正電荷が磁場から受けるローレンツ力の向き

どうやってビームを絞る?

透過力の高いビームは曲げるのが難しい。つまりレンズを作りにくい。実際に超高圧電顕では、KEKの大型加速器にあるような巨大な電磁石を冷却しながら使っている。しかもミュオンは重いため電子より曲がりにくい。

一方、ドイツで開発された超伝導対物レンズ*は、小型で大電圧を必要としないが強力なレンズだ。超伝導コイルを利用しており、高磁場かつ極低温による温度安定性などが特長だが、機構は複雑だ。1982年ころ、電子顕微鏡メーカー 日本電子株式会社(JEOL)に技術移転された。JEOLの元技術者 岩槻 正志 元副社長は、ミュンヘンで2年をかけて技術を習得したという。しかし、超高圧電顕開発の波が去り、お蔵入りしていたのだった。

永谷はそこに目をつけた。岩槻氏に掛け合い、教えを請うた。それだけではなく、試作機にそのまま使える現物をいただけることになった。会社では「大切な技術だから捨ててはいけない」との司令のもと、レンズと書類が保管されていたという。技術者のその想いがミュオンで活きた。

幻の技術とこの一点ものの超伝導対物レンズはKEK東海キャンパスに運ばれた。技術指導を受け、再励磁テストをして使えることを確認済みである。

*超伝導対物レンズ:ドイツ シーメンス社の研究者 Isolde Dietrich が生涯をかけて開発した。まもなくシーメンスは、電子顕微鏡事業から撤退した。

KEK共通基盤研究施設 超伝導低温工学センター 佐々木 憲一 教授らが超伝導対物レンズを分解・確認しているところ (2018年10月 KEK東海キャンパスにて)

サイクロトロンはどうやって作る?

サイクロトロンを新規に作ろうとしたら数億円かかるという。三宅はJ-PARC初代センター長の永宮 正治KEK名誉教授に相談した。2018年頃のことだ。その甲斐あって、陽子加速用として市販されているサイクロトロンを改造するというアイデアを得て、医療用加速器メーカー(住友重機械工業株式会社)が協力してくれることになった。また、サイクロトロンの専門家である理化学研究所 仁科加速器研究センターの大西 純一 特別嘱託技師と後藤 彰 博士(現 物構研 協力研究員)も共同研究に加わった。

外枠は市販品そのままで、中身はミュオン顕微鏡専用の全面改造だ。永谷や山崎 高幸助教が、「30 keVに加速した超低速ミュオンをサイクロトロンの中心に入射して加速しながらだんだん直径の大きな円を描かせ、56周回ったところで取り出して顕微鏡鏡筒部に運ぶ」という設計書を書いた。

ミュオンの加速後の到達エネルギーはサイクロトロン本体の磁石で決まる。このサイクロトロンでは5 MeVだ。ばらつきが少ない大電圧の限界でもある。加速前は光速の2.4%、加速後は30%くらいになる。

加速は電磁波RF(Radio Frequency)で行う。1.5 kWのアンプ18台分の電磁波RFを集め、同軸管(同軸ケーブルの太いもの)でサイクロトロンに運ぶ。

超低速ミュオンを再加速するサイクロトロン部の模式図
ミュオン顕微鏡サイクロトロン部調整作業中の山崎 高幸 助教
(2021年5月 KEKつくばキャンパス 加速器試験実験棟にて)

粒子線の顕微鏡において、分解能を下げる要因の一つが粒子のエネルギーのばらつきだ。磁場を使ってレンズを作る、つまり磁場でビームを曲げて集束させるのだが、例えばエネルギーが高い粒子が混じっていると曲がりにくいため焦点距離が長くなってしまう。高分解能を実現するためには、エネルギーの揃ったビームが必要で、そのためには安定した加速が求められる。

ミュオンは一定の間隔でまとまってやってくるので、粒子群がRF加速部分を横切るタイミングとRF電圧の波の山をぴったり合わせて加速する。波の頂点で加速するため、エネルギーの揃った粒子群が得られる。さらに、半周ごとに加える1倍波(108 MHz)にその3倍の周波数の波(324 MHz)を加えると頂点がフラットになり、粒子群はよりエネルギーが揃ったものとなる。これがフラットトップRF加速技術で、試作機にはこのRF3倍波を送るための改良も加えてある。

永谷 幸則 特別准教授とミュオン顕微鏡試作機サイクロトロン部
手作りでできるところは自分で。RFアンプを自作しながら「こんな酔狂なこと、誰もやっていない」と楽しそうに言う。 (2021年12月 KEKつくばキャンパス 加速器試験実験棟にて)

最初の画を早く出したい

サイクロトロン部調整作業はつくばキャンパスで行われ、この度ついに完成した。顕微鏡鏡筒部には対物レンズが設置された。この試作機では最初の実証実験としては十分の、電子顕微鏡を超えるスペックが得られる見込みだ。ミュオン顕微鏡試作機では見える厚さは超高圧電顕のそれを越え、4 μm厚の細胞がまるまるひとつ見える。

永谷が特に見たいものは神経細胞だ。刺激を与えて細胞が興奮し細胞の内と外の電位差が伝播している瞬間に凍らせ、アハラノフ=ボーム効果(AB効果)*を用いてその伝播の様子を見たい。AB効果は1986年に日立製作所の外村 彰博士が自ら開発した電子線ホログラフィー顕微鏡で検証したものだが、それをミュオンで実証してみたいという夢がある。

材料系の試料では厚いものや削れないものを見たいという需要があると見込んでいる。ローレンツ電子顕微鏡法*や位相差顕微鏡法*で見ようと思っても電子や光が透過しないものだ。例えば電子回路の中の電圧分布が透けて見える。電圧が違うとミュオンの透過の仕方が違うので位相差で干渉させると透視できる。

分解能は1 nmが目標だ。調整を続けていくと分解能が上がると見込んでいる。まずはRF1倍波で見て、RF3倍波の導入で焦点距離のばらつきを抑えていく予定だ。

*アハラノフ=ボーム効果:荷電粒子が電磁場がなくてもベクトルポテンシャルの影響を受ける現象。
*ローレンツ電子顕微鏡法:電子線が磁性体によるローレンツ力を受けることにより粗密ができた状態を見る手法。
*位相差顕微鏡法:試料と背景の屈折率の差を利用した観察法。

J-PARC MLF ミュオン U1Bラインにある試作機鏡筒部を見下ろしたようす
ミュオンの向きは上から下

将来計画

今回完成した試作機はMUSE 超低速ミュオンビームライン(U1ライン)で稼働する。U1ラインでは1回に数千個の超低速ミュオンが届くが、写真1枚を撮るのに1日かかる。TEMなら10秒で1枚撮れる。J-PARCの大強度をもってしても、超低速ミュオンは弱いのだ。超低速ミュオンにする時点で質の良いミュオンが減るからだ。

ミュオンHライン完成予想図 (素粒子原子核研究所作成)

しかし、これが現在建設中のミュオンHラインになると、様子はだいぶ違ってくる。KEK素粒子原子核研究所(素核研)と共同で準備を進めているミュオン異常磁気能率(g-2:ジー マイナス ツー)・電気双極子能率(EDM)の超精密測定実験では、超低速ミュオン数100万個/秒、到達エネルギー212 MeVを目指している。その大強度超低速ミュオンを40 MeVまで加速したところで分岐してミュオン顕微鏡に使う計画だ。
Hラインの2つの計画は物構研と素核研のどちらが欠けても実現しない。ミュオニウムから電子をはぎ取るイオン化レーザーの強力化などの難題を、知恵と技術を出し合って解決していこうとしている。

試作機サイクロトロン部は、2022年3月につくばから東海村のMLFに運び設置の計画だ。共振をモニターしRFが出てくることを確認したら、あとは超低速ミュオンビームが来るのを待つだけ。
誰も見たことがない、ミュオンで撮った顕微鏡写真。研究者の世代を超えた夢がもうすぐ花開く。


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